高野山の野鳥と宿坊 

2005年4月29日 金曜日 みどりの日

1泊2日の旅行。まず、高野龍神スカイラインのワイルドライフへ行った。展望台まで往復2kmを歩いた。展望台近くでコガラ、ヒガラを数羽、名前不明の美しい鳥を2羽見た。スカイタワーで昼食をとることにした。一番安いトーストセット(有機酵母トースト1枚、コーヒーで630円)を食べた。

立里荒神社へ行った。階段が長かった。階段横に立っている石柱には寄進した人とその金額が刻みこまれていたが、その額は数十万円から数百万円だった。世間にはお金があって信心深い人がいくらでもいるんだなぁと思った。ゴジュウカラを1羽見た。あとはカラ類とウグイス。

ツツジ?花が小さめでピンク色が美しい。
高野スカイラインでよく見られた。

午後4時過ぎに一昨日予約していた宿坊「常福院」に到着した。お風呂に入り、部屋に置いてくれていた歴史漫画「空海」を読んだ。6時に中学生くらいに見える若いお坊さんが精進料理の夕食を部屋まで持ってきてくれた。膳は3つでおかずは全部食べきったが、御飯はどうしても無理だった。昼食を軽くしていたのでお腹は空いていたが、それでもお腹ははち切れそうになった。精進料理は美味しく気持ちのよいものだと思った。
7時半から50分間、大広間で高野山を紹介したビデオを観た。

4月30日 土曜日

早朝、6時前に寺を抜け出して奥の院まで歩いていった。観光客はチラホラで、澄んだ空気の中、鳥の鳴き声を聞きながら歩くのは気持ちよかった。ホトトギス、センダイムシクイは聞き分けることができた。鳥を間近で見たかったが、鳥たちは高い木々の頂上付近にいるらしく参道で見ることができたのはキセキレイのみ。それと宿坊の木に留まっていたキビタキを1羽見ただけだった。
6時半から45分間、宿坊でのお勤めに参加できたのだが、探鳥していたので間に合わなかった。宿坊に戻ったのは7時半だった。ちょうど部屋の前でお坊さんが朝食を配膳していた。朝食は膳が2つで分量はちょうどよく、全部食べきった。宿坊から五大瞑想のCDをもらい、あとにした。帰宅して気付いたのだが、この宿坊は教員互助会と契約しているので、2000円の割引がきくはずだった。
宿坊に泊まったのは初めての経験だったが、どこも塵一つ落ちてなく、綺麗に掃除されていて、料理も美味しいし、とても気に入った。また、避暑にでも来たいなと思った。そして写経などもやってみたいと思った。

転軸山自然公園方面へ行ってみたが、特に鳥の鳴き声も聞こえなかったのですぐ引き返した。金剛峰寺は今まで行った寺院の中で一番大きいのではないかと思われた。狩野派の襖絵や龍をかたどった石庭が立派だった。大広間でお坊さんがツアー向けに話をするのを一緒に聴いてみたが、たいした話はしていなかった。
金堂、根本大塔を拝観して、山を下り、九度山の真田庵へ行った。ここは駐車場がなく100mほど離れた農協へ車を置きに行った。盛りを過ぎたボタンがたくさんあった。真田紐の説明と真田紐実物、それに六文銭を旗印にした云われが印象に残った。


空海の母が四国から来て住んでいた慈尊院の立て札があったので寄ってみた。ここは金剛峰寺のお坊さんの話の中にも出ていた。女人高野と看板に書かれていた。昔、高野山は女人禁制で、ここまでなら来ることができた。乳房の形をした絵馬が目をひいた。有吉佐和子の「紀ノ川」にも出てくるそうだ。

紀ノ川沿いを下り、紀伊風土記の丘へ行った。そこへは駐車場から少し歩く。木がたくさん植えられていたので、冬には鳥がくるかもしれない。万葉植物園へ行くと、ちょうど20人くらいの団体が、講師から説明を受けていたので私もそのあとに付いていった。なかなかよい勉強になった。年配の男性が多かった。帰りに、一人の方から声をかけられた。団体は県内の生物同好会のメンバーらしい。その方によると万葉集に詠まれている山で一番多いのは23首の筑波山、それについで紀伊の妹背山。15首詠まれているとのこと。富士山よりも多い。紀州富士とよばれる竜門山は詠まれていない。私のことを鳥を見にきたのかと当てられた。望遠レンズは首から下げていたけれど、双眼鏡は出していなかった。それでも鳴き声のする方向を見上げているのを見られていたのかもしれない。それでハンガリーでの話やら、どこに住んでいるのやら、職業のことを話したりしてしばらく楽しくお話ができた。和歌山から高速道路で帰ったが全然混んでいなかった。

クロバイ

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