呉海兵団
航空機整備訓練中の一枚
使用機は九三式中間練習機。
通称赤トンボと呼ばれ機体だ。
昭和九年正式採用のこの機体は海軍の
もっともポピュラーな練習機で
この機体で操縦術を学んだ空の荒鷲が
文字通りの荒鷲として空を羽ばたいたのだ。
柔剣道は文武両得の武士の道の基本である。
白帯の兵が武道場で「ヤーヤー」と溢れんばかりの
気合を込めて励む姿は見ていて美しいものがある。
昭和一五年九月二六日より二十八日
陸軍原村演習場で演習行った。
軍用列車で原村入りした兵は
陸戦装備を身に付けている。
何やらプレートの付いた自転車を押している下士官
は顔つきから古参のようだ。


工兵橋通過中の部隊。
狐ヶ原における中隊対抗陣地攻防戦 

手前が黒帽軍で向かいが白帽軍である。

紅白ではなくて夏用と冬用の水兵帽の色で
分けての対抗戦である。
原村を移動中の斥候部隊

下士官が指揮する黒帽軍斥候部隊。
その後ろを追いかける少年達。
事変中とはいえまだまだ本土が戦火にさらされていない
ころの何処か懐かしい風景かもしれない。
黒帽軍機関銃陣地
重機関銃を構えての一コマ。
射手は下士官。虫取り網のカートキャッチャーを持つ
水兵の視線の先は銃身の睨む先にある。
大隊遭遇戦における白帽軍指揮官

軍艦旗の下に士官一名、下士官六名、水兵一名が集う。
昭和15年9月23日
団内神社祭典に続き行われた相撲大会。

海軍の年中行事の大黒柱の一つは相撲であった。
軍艦では後部甲板でに艦対抗で試合をしたりと
米兵が軍艦の上でボクシングをするのと同じようで
あるが日本の場合は試合としてのみならず神聖にな意味を
こめて行っていた。
相撲大会を観戦中の団長以下士官
「賞品渡場」「準士官以上」の看板に注目。
左から少佐、少佐、少将、将官(中将か?)、中尉。
少将閣下はいたくご満悦のようだ。