さいか光夫のとびある記(第三集)

2002年

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 壷中の太子        雨の森からの海南の夜景 「雨の森」ふたたび
 郷土の偉人・井沢弥惣兵衛 「石段の上の家」とサンド別荘 大阪・大正区生活相談所を訪問  
 向こう三軒両隣 国保税と介護保険料に悲鳴 貴志川に油流出
田んぼを渡るさわやかな風   鮎が危ない・冷水病 地域産業振興条例など勉強
豆腐づくりと心のバランス 海南でつくられている入れ歯洗浄器  黒江漆器と子どもたち、そして若い漆器クラブ
市町村合併問題 県工事事務所と懇談 国道四二号バイパス陳情に参加
 国道四二四号と県道海南金屋線  金屋の日方篭 土日に銀行駐車場開放を
海南下津間有料道路を無料に 子どももお年よりも童謡で元気に  校長も子どもにかかわってこそ  
公民館大会でいわなかったこと 海南市PTA総会での挨拶 日中両国平和の塔  「中山さんお元気ですか」と守衛さん
吉永小百合さんの思い 平和行進での挨拶 人権侵害の税務調査
新県議会からの第一報    雑賀の議席は四二番 文教副委員長になりました
県議会うら話  県政をささえる海南の人たち 海南・海草八人全員当選
美濃よしかずさん・第二位当選 衆議院選挙制度と議席 さいか読者ニュース・発行危うし
 さいか光夫と一緒に考えよう・住みよい元気な海南

目  次

はじめに

一 地域をあるく
 壷中の太子       
 雨の森からの海南の夜景
 「雨の森」ふたたび   
 郷土の偉人・井沢弥惣兵衛
  「石段の上の家」とサンド別荘

二 くらしを守って
  大阪・大正区生活相談所を訪問  
 向こう三軒両隣
  国保税と介護保険料に悲鳴        
  貴志川に油流出

三 農業・水産業
  田んぼを渡るさわやかな風  
 鮎が危ない・冷水病

四 産業活性化を考える
  地域産業振興条例など勉強 
  豆腐づくりと心のバランス
  海南でつくられている入れ歯洗浄器 
 黒江漆器と子どもたち、そして若い漆器クラブ

五 市町村合併問題

六 道路・交通問題
  県工事事務所と懇談 
  国道四二号バイパス陳情に参加
 国道四二四号と県道海南金屋線   
 金屋の日方篭
 土日に銀行駐車場開放を
  海南下津間有料道路を無料に

七 教育と文化
  子どももお年よりも童謡で元気に
 校長も子どもにかかわってこそ
 公民館大会でいわなかったこと
  海南市PTA総会での挨拶

八 平和と人権
  日中両国平和の塔      
  吉永小百合さんの思い
  平和行進での挨拶      
  人権侵害の税務調査

九 県議会からの報告
  新県議会からの第一報   
 雑賀の議席は四二番
 文教副委員長になりました 
 県議会うら話
 県政をささえる海南の人たち
 「中山さんお元気ですか」と守衛さん

十 選挙のこと
  海南・海草八人全員当選
 美濃よしかずさん・第二位当選
  衆議院選挙制度と議席

十一 さいかニュースのこと
  さいか読者ニュース・発行危うし
 さいか光夫と一緒に考えよう・住みよい元気な海南



はじめに

 昨日、九月二十日、「中山さん、小橋さんの労をねぎらうつどい」が開かれました。日
本共産党と後援会のみなさんはもとより、神出海南市長・宮本市議会議長・田淵海南商工
会議所会頭、井上元県教育長など多彩なみなさんの参加で、スピーチや歌をたのしみまし
た。以下、私の挨拶要旨。

 「本日の集まりに大変多くのみなさんにお集まりいただきましてありがとうございます。
実行委員会を代表してごあいさつ申し上げます。
 中山ゆたかさんには、市議会四期、県会二期、二四年間議員として活躍いただきました。
小橋さんは、二六歳から市議会八期、三二年間がんばっていただきました。お二人の果た
された役割については、あとからいろいろと語られますので、私からは申し上げません。
 本日のつどいをどういう会にするのか、いろいろ論議があり苦労がありました。

 ひとつは、中山ゆたかさんは、気力も体力も十分な間に、後継者である私に譲られ、議
員はやめても引退ではないということであります。新たに生活相談所の所長として、まっ
たく無償のボランティアでありますが、毎日、相談所にすわっていただいております。一
方、小橋勝さんは、病気回復途上でありますが、まだまだ若いのです。
 そこで、「中山さん・小橋さんの労をねぎらい、元気にがんばってもらう会」というこ
とにしました。ただ、ながったらしいので、「労をねぎらうつどい」と略称しております
ことをご了解いただきたいと思います。
 第二番目の問題は、中山・小橋人脈は、大変広いのです。
十五人の実行委員で、みなさんにご案内するほか、赤旗日曜版に折り込んで、できるだけ
広く知らせるようにしましたが、中山さんゆかりの方、一人一人まで案内はできていませ
ん。
 『そんな会があるなら行きたかった』といわれる方が大勢いらっしゃると思います。そ
の場合は、お詫びして、『中山さんは生活相談所に毎日いらっしゃるので、立ち寄ってく
ださい』と申し上げることにしたいと思っています。みなさまがたからも、そのようによ
ろしくお願い申し上げます。
 今日は、限られた時間ですが、たのしい時をすごしていただけるようにお願いして、ご
あいさつといたします。」

  忙しい方々が最後まで「つどい」に参加して楽しそうに過ごしていただく姿をみるにつ
け、中山ゆたかさんの偉さを感じました。
 「初心を忘れるな」と自分に言い聞かせつつ、選挙後の活動をまとめました。     
                (九月二一日)




壷中の太子(続・海南風土記)

 阪井のお寺の和尚さんを訪問した。寺の宝物を見たかったからである。父・紀光の「海
南風土記」に「壷中の太子」(第22話)という話がある。「壷に入った聖徳太子像が土
中にうずもれていたのをこの寺に祭った。職人の尊崇が極めて篤い」という趣旨のもので
ある。
 和尚さんとの話は、大きな楠の木からはじまり、寺の歴史や戦後に寺の鐘ができたとき
鐘の歌を打垣内正(元和歌山大学教授・故人・紀光の兄)が作曲して子どもたちに歌って
もらったという話もお聞きした。この寺の鐘も戦争で供出になったのである。さらに話は、
阪井バイパスという現実的な問題にまで及んだ。
 「海南郷土史(正続)海南市教育委員会発行」という名著がある。最近、ある書店で同
名の分厚い本を見つけて、新しい郷土史が出たのかと手にとったら、50年近く前に出さ
れた「郷土史」の「合本再刊」だったから、いまだに超えられない名著であろう。ふと思
い出した。父・紀光が生きていたころ、「お寺についての記述は、M先生ということにな
っているが、これは阪井のお寺の住職さんが書かれたんだ」と聞いたような気がする。
 



雨の森からの海南の夜景

  河野議員と一緒に別所・雨の森の陶芸教室にお邪魔しました。
 「このあたりにごみを捨てに来る不心得者がいて、ごみの掃除も大変でした。でも、海
南市の担当者の方もがんばって整備してくれました」というようなお話を聞きながら、雨
の森の祠まで上りました。うっそうとした森の中を車で上りました。昔はここで雨乞いの
お祈りをしたのだそうです。
 雨の森の頂上の展望台は、きれいに整備されています。そこからの海南市の夜景のうつ
くしさ。函館の夜景だとか神戸の夜景だとかいいますが、海南の夜景のほうが美しい。ネ
オンの光でなく、人家の光です。一つ一つの光のところに家族があって生活がある。
  こんないいところ、観光スポットとして宣伝したい。昼間お弁当をもって歩いてきたら
すばらしいでしょう。 「せっかく道中についている蛍光灯が点灯されないのです」とい
います。 「財政難で電気代節約かな」と思いましたが、海南市の担当の方にお聞きする
と、手違いで、これからは点灯していただけるそうです。




「雨の森」ふたたび

  先週、雨の森から見た夜景の美しさについて書きました。そのニュースをもって「しん
ぶん赤旗」のおすすめに回りました。
 陶芸教室「たつべ窯」に通っておられる女性に会いました。「このニュースに、雨の森
の陶芸をやっている方を訪問した話を書いています。こんど『たつべ窯』の話も聞かせて
ください」
 すると「頼みがあるの。大野小学校から雨の森に上る道があるでしょう。どろどろ。う
ちの亭主は、ボランティアでその掃除にいれこんでるの。軽トラや草刈機まで買い入れて。
市でもなんとかしてくれないかなあ」とのこと。
 文化と緑を大事にする輪が、この「読者ニュース」でつながっていけば、うれしいこと
です。
 それにしても、地域をあるけば紹介したい話がいっぱいで、なかなか先に進めません。





郷土の偉人井沢弥惣兵衛をしのぶ

  五月三日、野上新にある井沢弥惣兵衛記念碑前で生誕三百四十年祭が開かれました。
 写真は、弥惣兵衛賛歌を熱唱する地元コーラス。




「石段の上の家」とサンド別荘

 東浜で年配の女性にお会いした。「小学校で紀光さんに教えてもらった」といわれる。
「私、『石段の上の家』の下にすんでいたんですよ」といわれる。私は、選挙中に、中言
神社の後ろの階段をのぼっていった上のおばあちゃんが「このごろ、ゴミをとりにきてく
れないので大変」と嘆いていた話をよくした。(「とびある記」第一集)私の支持者の中
で「石段の上の家」ということばは、共通語になっているらしい。
 女性はつづけられた。「あのころは、あの上は桜がいっぱいでね」と。
 私は、幼いころの記憶がよみがえってたずねた。「もしかして、サンド別荘といわなん
だですか?」私の始めてお花見につれてもらった記憶は「サンド別荘」ということばとつ
ながっているのだが、和歌山の山東にでも行ったのか、そんなに遠いところでもなかった
のにと思っていた。「そうよ。山東別荘といって、大阪でてんぷら屋さんをした人がたて
た別荘なんよ」と女性。
 古老の方にお聞きすると「紀三井寺に負けないような桜の名所だった」という。




大阪・大正区生活相談所を訪問

                    
  6月12日、海南市会議員団とさいか県議は、大正区生活相談所を訪問しました。
 大正区というのは、大阪市会議員三人区、府会議員一人区でそれぞれ議席を確保してい
るのです。その最大の原動力が、生活相談活動だというのです。
 海南市も「生活相談所」がメイン通りにあって、ハローワークに向かい合っているのが
自慢です。しっかりと経験を学んで、市民の期待にこたえられる生活相談所にしたいと思
ったのです。
 大正区の生活相談活動の中心になっているのは、恐田(おそれだ)さんという名前は怖
そうだけれども明るく親切な61歳のおばちゃんです。年間、1500件の相談があると
いいます。相談者が相談者を連れてくる。「相談者の集い」が、選挙でも大きな力になっ
たといいます。
 海南の生活相談所の中野さん(21歳)も一緒に参加しました。恐田さんみたいになら
なくてはならないから真剣です。
 海南市の生活相談所には、4人の市会議員、4人の町会議員、そして県会議員がいて、
中野さんから連絡があれば駆けつけます。大正区以上に、頼りにされる生活相談所にした
いと決意しています。
 


向こう三軒両隣助け合う心は生きている

  赤旗読者の方が脳卒中で倒れて入院された。息子さんたちは私と面識がない。連絡を下
さったのは「向こう三軒両隣」の皆さんだった。「息子さんのお宅もいろいろ大変。入院
費用など軽減できないのか相談に乗ってあげてほしい」という電話だった。さっそく幡川
議員といっしょに出かけた。
  ある大病院での医療費は、とくにお願いしたわけではない個室料金が上乗せされている。
最近、「赤旗日曜版」に「こういう医療費は払わなくてもいい」という特集があったばか
りだ。幡川さんがそれを手がかりに国保からの返還を市役所にかけあった。それに、息子
さんのお宅の国保税も減免できることがわかった。
  それにしてもうれしかったのは、近所のみなさんが心配して電話をくれ、いっしょに相
談に乗り励ましてくれたことである。海南市には、「地域」「向こう三軒両隣」が生きて
いる。
 海南市の人情をもっともっと厚くするお手伝いを「しんぶん赤旗」と「赤旗読者ニュー
ス」にさせていただきたい。



国保税と介護保険料に悲鳴県政・市政報告会(重根・旦来)

   七月二五日、さいか県議・上田市議の「県政・市政報告会」が、昼・夜、二箇所で開
かれました。上田市議からは、「大雨の日に早朝から亀の川の水位をしらべ、写真をとっ
て市議会で問題を提起した」などの報告。さいか県議から、県議会の様子や地域での要求
実現のとりくみなど。
  いま、どこでも問題になるのは、国保税や介護保険料が高いという問題です。「その減
免の申請にいこう」という参加者からの呼びかけもありました。(スケジュール参照)
  「婦人科のバスによる検診の復活を」「不況対策の運転資金低利融資を」「道路整備」
などいろいろな声をいただきました。



どうなってんの?貴志川に油流出・  なにか工事してるけど

   貴志川ぞい・別院のあたりで工事がはじまっています。野上中の方から、「川に油が
流れている」という電話をいただきました。
  「この土地には、石油会社が廃油を埋めた」と聞きましたが、埋めたのは、どろどろし
た廃油ではなく、「廃白土」というものです。油がしみ込んでいるので、それがでてくる
のです。以前にとりのぞいたのですが、まだ残っているのです。中山県議が、平成八年の
県議会でもとりあげています。
  いまおこなわれている工事は、残った「廃白土」が害にならないように封じ込める工事
だそうです。富士興産からいろいろ変転しながら土地を受け継いだ「綜通」という会社が、
鹿島建設にやらせています。
  私の今の感じでは、「遅かったとはいうものの、民間会社が最後まで責任をとろうとし
ていることは評価したい」と思います。
 工事中にひどい油流出がないか、この工法で、「廃白土」封じ込めができるのか、地元
のみなさんのチェックをお願いします。




田んぼを渡るさわやかな風

  南野上の国道が傷んでいるのを修理するようにお願いしていたところ、工事事務所から
見に行ってくれるというのでたち合わせていただいた。
 すこし早くついたので、田んぼの間をあるいた。今度の選挙で知り合いになった方が、
農作業をしておられる。以前は役所におられた方である。ご挨拶すると話がはずんだ。
 「うちは田植えがすみました。田に水を張って、田んぼをわたる風にふれると、ほっと
しますね。水を張ってこそ田んぼです」とおっしゃる。耕作放棄の田畑が増えていく中で、
今年も田んぼをまもったというさわやかさだろう。
 「放棄した田んぼの世話をすると補助金がでるようになりました。それはいいのですが、
亀川あたりの田んぼの世話をしに行って自分の小さい田んぼには手が回らないという人も
いるのが気になります」ともいわれる。
 南野上の人口がふえるように、老人施設や公営住宅をたてる、小学校に併設して保育園
をつくるなど、さまざまな夢が語られた。
 田んぼを渡る風にふかれながらの30分ほどの語らいだった。



鮎が危ない・冷水病

  美里の美濃議員から「鮎の病気が広がっている。流れが速いと鮎が流されてしまうらし
い」と聞きました。そこで鮎つりの名人・浦秀行さんに電話しました。
 「鮎の病気が広がっていると聞いたのですが」
  「昨日、有田の二川の解禁にいったんや。いつもは九十ぐらいはあげる。いつもいっぱ
いの川に三人しかいない。その人たちもつれないので帰ってしまい、わし一人でねばった。」
  「それでどうでした」
  「なんとか十七つった。みなさん、川にいない鮎をつったとほめてくれたがね」(さす
が浦さんは名人です)
  冷水病といい、琵琶湖の稚魚からひろがったらしいともいいます。美濃議員と一緒に調
査に入るつもりです。鮎つり愛好家のみなさん、情報をおねがいします。



地域経済振興条例など勉強

   二三日から二五日、民商のみなさんが中心になって、横浜で「中小商工業全国交流・
研究集会」が開かれます。そこで、「元気市」でがんばっている豆腐屋の若大将も報告者
として参加します。私も勉強にいくことにしました。
 民商の石田さんは「雑賀さんは、豆腐屋の若大将の応援に行くというような浮ついた気
分じゃなく、県議としてしっかり勉強してきてほしい」といい「地域経済振興条例づくり」
の分科会を薦めてくれました。
 ここまで皆さんに情報を公開すると、居眠りなどできません。
 その翌日は、道路問題で、海南・下津・有田のみなさんとご一緒に国道42号バイパス
問題での国土交通省陳情です。



海南でつくられている入れ歯洗浄器

  日本共産党県議団で、和歌山市布施屋にある工業技術センターを視察しました。そこで
開発された新商品として見せてもらったのが「水道水による入れ歯洗浄器」でした。
 その数日後、私は横浜で開かれた「中小商工業研究交流集会」に民商のみなさんといっ
しょに参加しました。そこに「洗浄器」の考案者、松谷さんがおられるではありませんか。
民商の会員さんなのです。
 「入れ歯にかみ込んでくっついたものがとれにくい。最初は、携帯用モーターで歯磨き
粉をつかって洗うものを試作した。平成7年から12年の5年間ぐらいかけて、水道水を
使う方式で、試作品は500ぐらいつくっただろうか。平成13年から工業技術センター
に相談にいった。そこの技術も借りて、プラスチック成形の業者にたのめるところまでも
っていけた」といわれます。
 「洗浄器」のプラスチック容器にもブラシにも、海南の日用家庭用品業界の技術が生か
され、海南市で作られています。 





豆腐づくりと心のバランス

  元気市や海南の商店街が注目されている。うまくいっているというのではない。大変な
中で「なんとかしよう」という共同がはじまっているからだ。日本共産党中央の国民運動
委員会などのみなさんが海南においでになって、地元のみなさんと交流した。
 元気市に豆腐を出している若い方の発言が心に残った。
 「がんばらなくてもできているのは、周りの方の助けのおかげです。ぼくのお客さんと
いうより、ボランティアでやってくれる方のお客さんが、まず買ってくれました。地域の
人たちのつながりの大切さが分かりました。
 そこで、ぼくは、おいしい豆腐をつくることに力を入れないと、ボランティアの人たち
やお客さんを裏切ることになると思ってがんばるんです。
 卸の商売をしていると、値段の関係などで『うれる商品』と『おいしい商品』のズレも
生まれます。そんなとき悩んで立ち直れなくなる。けれども、元気市でお客さんが『おい
しい』といってくれると心のバランスがとりもどせるんです」



黒江漆器と子どもたち、そして若い漆器クラブ

  黒江漆器の沈金の伝統工芸士の方から「伝統工芸を子どもたちに伝えたい」という熱い
思いをお聞きした。何とかしたいと小学校に飛び込んで「総合的な学習の時間で地元伝統
産業を学ぶ計画はないですか」とお聞きしたら、前々からそのとりくみはしているという。
おいでいただいているのは塗り師の方である。
  前からよくお邪魔していた塗り師の方を訪問した。その娘さんが、塗りの技法も沈金の
技法も学び、若い人たちで「漆器クラブ」というのを作っていることを友人の池原さんか
ら聞いていた。
 奥さん娘さんと話がはずみ、帰りがけに「仕事場を見せていただいていいですか」と二
階にあがらせていただき、伝統工芸士の方の仕事を見せていただいた。
 その壁際を見てびっくりした。子どもたちの手紙が壁に張られている。感想文の封筒が
ならんでいる。田辺市や上富田町の子どもたちのものもたくさんある。県下から見学にき
た子どもたち、工芸士の技を見、奥さんの説明に感動した子どもたちのお礼の手紙だった。





第一回合併協議会(海南・下津)

  6月6日に第一回協議会が開かれました。海南市から幡川議員、下津町から橋爪議員が
委員になっています。
  県知事代理の挨拶は「お祝いと激励」です。「とにかく合併をすすめろよ」ということ
です。
  私・さいかも挨拶を求められたので、次のようなことを述べておきました。
 「さきに走り始めた大型合併が次々見直され、『地域のことは地域住民自身で決める』
『住民に情報を公開する』という当たり前のことが共通認識になってきたのではないか。
今回の協議会も、『はじめに合併ありき』でなく、じっくり考えていこうというスタンス
で開かれていることは大変大事なことだ」




海南海草議員団、県工事事務所と懇談

 7月15日、さいか光夫県会議員ほか8人の市町会議員は、県工事事務所宮脇所長ほか
事務所のみなさんと懇談しました。中山ゆたか前県議も同席しました。
 「山からの水が道路にあふれている」(上谷)「あぶない道路に通学路を」(岡田・木津)
「危険な道路のでこぼこ」(旦来)「国道370号線の急カーブ解消を」(美里)「町道の
拡幅に支援を」(野上)「国道42、小南・黒田の交差点改善を」(下津)など議員団にた
くされる要求がいっぱい。その実現に向けて意見交換しようというさいか議員の提案で実
現したもの。
 事前に提出した要求リストにもとづいて、工事事務所は事前に調査し、計画が話されま
した。



国道四二号(海南下津有田間)バイパス陳情に参加

   八月七日、海南市・下津町・有田市の関係者のみなさんと一緒に、国土交通省近畿整
備局へ陳情にいってきました。
 国道四二号の渋滞解消は悲願です。三つのルートが検討されたのですが、現国道からす
こし離れたトンネルの多いルートが採用されました。私は、「三市町で合意したものなら、
一日も早い実現を」という立場で県議会でも発言してきました。

  陳情行動には、私と同じ共産党県議団の松坂議員(有田郡選出)も参加。下津町の尾崎
議員(県議会議長)は、陳情の席で、「このたびの問題では、共産党の議員さんも参加し
てくれて超党派で推進しています」と胸を張っていました。下津町の町長さんは、帰りの
バスの中で「これまでの陳情は、方向が定まらず空しかったが、今回はルートも決まった
ので手ごたえがある」と語っておられました。




国道424号(海南・金屋間)と県道海南金屋線

   七月三一日に、二つの道路の「改修促進協議会」がありました。
「国道424」というのは、南野上から黒沢を通って金屋にむかう道路。「県道」の方は、
別所・汲沢を通って金屋に向かう道路です。どちらも改修が急がれます。
 県道海南金屋線は、トンネルを掘る計画があるのですが、汲沢など渇水にならないかの
心配をする必要もあります。国道424の方は、現道を拡幅する計画ですが、「トンネル
を」という要望もあります。
 振興局の方が「財政が厳しい折、二つもトンネルはむずかしいから地元で絞って」と言
ったことから、机をたたいて怒り出した委員さんもいました。熱心なのはわかりますが、
机をたたいてもどうにもなりません。状況の厳しさはふまえながら、「改修を早く」とい
う声を大きくしなくてはなりません。



金屋の日方篭(かご)

  このたび国道242号(海南から黒沢をとおって金屋にいたる道)の拡幅に力を入れよ
うと集まりがもたれました。
  海南市・有田郡の5人の県会議員、市会議員の久保田正直さん、河野敬二さん、野上中
の田尻区長さんをはじめとした地域のみなさんや議員さん、金屋町の議員さんや地域の皆
さんです。
  そのあとの昼食の席で、金屋町の議員さんがいわれました。「わしら子どものころは、
日方篭というものがあった。金屋から別所の山を越えて、海南の日方に買い物にきたもの
だ。産物を日方に売りにもきた。それに使う篭を日方篭といったんだ」これほど、海南市
と金屋町は密接な関係にあったのです。いまでも「コミュニティバスを黒沢を超えて少し
延長してくれれば、海南市民病院を利用したい」という声があるんだそうです。
  地域の連携、それは市町村合併をしなくてもできる。国道424号を整備し、阪井バイ
パスを通せば、木津・沖野々・野上中は、交通の要衝になり、そこから海南市全体に元気
な風が吹くに違いありません。




さいか光夫のハチャメチャ提案 @土日に銀行駐車場開放を

   商店街をまわってみると、切実なのは駐車場問題である。海南市と商店街がすすめよ
うとしている中心市街地活性化計画でも、第一の課題にあげられている。大賛成である。
 ところで、ある銀行が店舗を一番街にあつめて駐車場をひろげるとも聞いた。銀行は土
日は休みである。商店街は銀行にとっては大事なお客さんである。銀行の駐車場を、土日
には商店街に開放するというのは、明日からでもできるのではないだろうか。
  銀行員だった方から「防犯上の問題があるんじゃないか」という意見もあった。「そん
なことない。やってるところもある」という声もあった。
  ご検討を乞う。




 A海南・下津間有料道路を無料に

   国道四二号の渋滞は大変。「藤白から冷水まで我が家は目と鼻の先なのに、車が動か
ない」という声を聞いた。バイパスのコースが海南・下津・有田間で合意された。早くや
ってほしいが、トンネルの多いコースで完成まで何年かかるのだろうか ?

 ふと思った。海南・下津の合併がとりざたされている。私は「まず、合併ありき」とい
う立場にはたたないが、海南・下津というのは緊密な関係にあるとすれば、下津インター
から入って海南インターで下りる車(およびその逆)の通行料を海南市・下津町で負担し
たらどうか。道路公団に値引き交渉もしたらいい。こうして渋滞を解消すれば、冷水に帰
る人も早く家につける。バイパスができるまでの時限措置でいい。
  海南市・下津町の市会議員にはなしたら「おもしろい」という意見もあった。海南市の
幹部の方に話したら「海南・湯浅道路も四車線になるからできるんじゃないか」という評
価をいただいた。
 多分、誰も言い出したことのないハチャメチャ提案、ご批判を乞う。




子どもたちもお年よりも童謡で元気に

 八月二九日、保健福祉センターで、「童謡を歌う会」が開かれました。主催者が200
冊つくった歌詞パンフレットが足りなくなるという盛況ぶり。
 ♪ ウサギ追いしかのやま、小ぶな釣りしかの川 ♪
 年配のみなさんは、子どものころを思い出しながら、こんな自然を子どもたちに残して
やりたい、自然の中で子どもたちに走り回らせてやりたいとの思いで歌います。

   ♪ カラスなぜなくの、カラスは山に
       かわいい七つの子があるからよ ♪
  ♪ 夕焼け小焼けの赤とんぼ
       負われて見たのはいつの日か ♪

 みんなで歌う合間に、木津の「海南市歴史民族資料館」からお借りしたという手回しの
蓄音機での昔のレコードなども披露されました。
  「また開いてください」という参加者からの声がありました。



校長も子どもにかかわってこそ

  井沢さん、角谷さんと一緒に美里の学校を回りました。とくに女の先生が、井沢さん・
角谷さんを見るとうれしそうに手を振ります。井沢さんは、コーラスの楽譜を配りながら
あるきます。
  前にも紹介した生活つづり方を大事にしてきた校長さん。「先生らにたのんで、6時間
ほど授業に行かしてもらってるんです」とおっしゃいます。
 「よその学校から電話があったとき、『校長は授業に行ってます』とか『掃除の監督に
いってます』とかいわれることが多いんです」
 「研究会で他郡市へいったとき、『あんたに電話したら授業や掃除に行ってること多い
なあ。そんなことまでしてるんか』といわれた。どこの校長でもやってると思ってたので
面食らった。校長が子どもとかかわらずに、先生の管理・監督や事務だけするようになっ
たら、もう……」とおっしゃる。
 「……」の部分を、私は「教育者でなくなる」というふうに勝手に解釈した。
 口を開けば「校長の指導性」を強調する県教育委員会。こんな校長をどう評価している
のだろうか。

 

公民館大会でいわなかったこと

 七月十三日は、海南市の公民館大会。挨拶の機会をいただいた。
「お世辞抜きでいいますが、海南の公民館活動というものは、海南市が自慢していいもの。
『公民館で写真やってます』『お花やってます』などどこへ行ってもお聞きします。秋の
文化祭はすばらしい。公民館文化ともいうべきものが、市民の中に広がっている」という
ような普段から感じていたことを申し上げた。
 それにつづいて「海南市民の文化水準は高いのに、海南市にはなぜ、まともな市民会館
も文化会館もないのか」と言いたかったが、挨拶にはそぐわないと思っていわなかった。




海南市PTA総会での挨拶

 不登校の問題、学力問題、保護者のみなさんは、家庭教育や高校学区撤廃などもふくめ
て心配の種が尽きないことでしょう。
 いま、教育改革という論議が花盛りですが、私はこんな時こそ回り道のようでも、保護
者と教職員が子どもの姿をまぶたに浮かべて話し合うことが大切だと思います。その点で
ただいまの会長さんのご挨拶、共感して聞かせていただきました。
 よくPTAの役員さんが学校に来られますと、「どうぞどうぞ」と校長室に通されてお
茶が出る。けでども話をしたいのは職員室におられる先生方なのに、なかなか話ができな
いというお話をよくお聞きします。海南市では、そういうことはないのでしょうか。
 私は36年前、未熟な教員でした。教員に向かないのではないかと悩んだこともあるし、
手に負えない子どもに体罰をしてしまったという恥ずかしい経験もあります。親御さんの
お話を聞いて、頭をガーンとやられたような思いをしたこともあります。こうした私が、
いまみなさんの前にたてるのは、先輩の先生や保護者のみなさんが私を励まして育てて下
さったからです。
 一つの提案ですが、PTAの集まりで、格好をつけずに自分が未熟な教員であった失
敗や親としての子育ての失敗や悩みを出し合ったら、肩が軽くなっていいのではないかと
も思ったりいたします。
 PTA連合会のいっそうのご発展をお祈りしてご挨拶といたします。





日中両国平和の塔

  8月15日、終戦記念日には、燦々公園の「日中両国平和の塔」のまえでの早朝7時か
らの集会が恒例になっている。今年は、あいにくの雨。でも出かけた。すこし早く誰もい
ない。そこへ主催者の幡川市議(日中友好協会会長)がやってきて「雨天中止とビラにか
いているんだが、間違えてくる人がいたら悪いから来たんだ」という。
 そこへ次々に皆さんが集まってくる。「中止」のはずの集会が、「ふるさとまつり」用
のテントの下で開かれた。
  以下、その集会での私の挨拶要旨です。

 日中両国平和の塔が建てられたのは、国交回復前だそうです。当時は、「日中友好」を
いうことが、特定の政治的立場のように見られた時代でした。漆器産業の関係もあって日
中友好運動がすすんでいた海南市で、当時の市長さんも協力してこの塔がたてられました。
海南市の先人たちの平和への思いに深い感動を覚えるものです。
 ブッシュ大統領のイラクへの先制攻撃、それを支持した小泉首相。その一方で、「イラ
ク戦争反対」の世界中でのうねり。原爆記念日の広島市長のアピール。広島市長は、ブッ
シュ大統領の先制攻撃政策と、小泉内閣の憲法無視を厳しく糾弾したのでした。
 さらに感動的だったのは、今年の原水爆禁止世界大会に、多くの若者が参加し、「すば
らしかった」と感動を持ち帰ってくれたことでした。
 先人たちの平和への努力は、若者たちをふくめて私たちの手で受け継がれています。国
連憲章をも日本国憲法をも踏みにじろうとする策動も、日中両国人民の平和への願いを踏
みにじることはできないでしょう。




吉永小百合さんの思い  「今、教育が、平和が危ない!!教育を守る大集会」

                   
  五月三一日、和歌山市民会館での集会でジャーナリスト大谷昭宏さんの講演をききまし
た。
 世の中、どんどん悪くなっていく。「この国が好き」という国でないから、教育基本法
を改めて「愛国心」を法律で国民に押しつける……。平和憲法の最後の砦である教育を守
ろうという大谷さんのお話は、心に染みました。
 女優の吉永小百合さんが、忙しい間をぬって、ボランティアで、平和を語り、「広島原
爆資料館」の「語り」を引き受けています。「なぜ、あなたはそこまで打ち込むのか」と
聞かれたとき、小百合さんは答えたそうです。
 「私が生まれた一九五四年は、生まれた人よりも戦争で死んでいった人のほうが、ずっ
と多かった年です。その年に生まれたものとして、戦争で殺されていった人たちについて
語らなくてはならない」と。
 戦後の日本は、戦争で人を殺すことのない国でした。日本の軍隊が外国に行って一人の
人も殺していないことは、私たちの誇りです。この誇りを踏みにじらせてはならないと、
強く思いました。



平和行進でのあいさつ

 平和行進にお集まりのみなさん。
 イラク戦争は、アメリカの圧倒的な軍事力のもとで終結いたしました。しかし、アメリ
カが無法な戦争で、罪もない人々を殺したという犯罪を忘れることはできません。
 同時に、このイラク戦争は、二つの大きな問題を私たちに突きつけています。
 第一は、アメリカが自分の気に入らない国には、先制攻撃をしてもかまわないという政
策をとったことです。それは、先制核兵器使用にもつながるものです。一方、北朝鮮の核
兵器開発の問題もあります。アメリカも北朝鮮もきわめて危険な道を歩んでいると言わな
くてはなりません。
 第二は、小泉内閣が、アメリカの先制攻撃を無条件に支持していることです。世界の平
和をリードしなくてはならない日本の首相がアメリカの戦争の後押しをしていることを、
小学生の子どもさんが「日本人として恥ずかしい」とかいた手紙をいただきました。」
 その恥ずかしい日本の首相が、有事法制を手にしたがっています。有事法制が国民を守
るためのものでなく侵略戦争をすすめるものたちにフリーハンドを与えるものであったと
いうことは、歴史の教訓です。今回の有事法制は、アメリカが始める戦争に自衛隊が参加
し、国民を総動員するものに他なりません。

 イラク戦争では、世界中で数百万人の人々が戦争反対で立ち上がったことは、歴史上か
つてないことでした。この力で、戦争に反対し核兵器廃絶を実現しようではありませんか



人権侵害の税務調査 海南民商などが抗議・真相究明へ

   下津町の業者のところで海南税務署がおこなった「税務調査」が大きな問題になって
います。
  五月七日に事前通告もなくやってきた海南税務署などの署員らが、無断で机の引き出し
を開けるなどした上、会社と関係ない通帳まで出させて、勝手に会社のコピー機をつかっ
てコピーし、コピー代も払わずに帰りました。その間、さまざまな強圧的態度をとってい
ます。公務員として絶対に許されない人権侵害です。
  海南民商、日本共産党議員団などが、抗議するとともにと徹底的に真相究明することに
なりました。




新県議会からの第一報

 四月三〇日、県議会で「初総会」があり、それに先だって議員バッチをつけていただき
ました。
 日本共産党県議団は、現職は村岡さんだけ。和歌山市議会からあがった藤井さん、有田
の松坂さん、そして私の四人です。村岡さんが団長兼幹事長、ごくろうさまです。

 一人減ったから、部屋は少し狭くなります。席順のとりあいというのが大変らしい。古
参議員は後ろにすわる。ところが新人三人と古参の村岡さんだから、議席に飛び地ができ
てしまう。ここは、村岡さんが面子を捨てて、四人が固まることになりました。
 さて、常任委員会と特別委員会の配分をどうするか。常任委員会は六つに議員四人だか
ら、どこにはいるかは、他党はとの関係もあります。私の所属は、よく相談して決めたい
と思います。

  県議会の会派の構成は、つぎのようになります。
  自由民主党県議団 20  新生わかやま県議団 6
  開政クラブ         5  日本共産党県議団    4
  公明党県議団    4  県民クラブ        3
  真政クラブ     2  無所属       2
 四六議席中二十議席しか自民党がとれないということは、自民党を名乗っては県民の支
持が得られないことのあらわれでしょう。私・雑賀が日本共産党県議団に所属しているこ
とはいうまでもありません。藤山さんは開政クラブです。 



県議会から第二報雑賀の議席は42番

  5月14日から、臨時県議会が始まりました。私・雑賀の議席は42番です。となりの
松坂さんが41、後ろの藤井さん43、村岡さんが44番です。ちなみに海南市の藤山さ
んは、最前列24番。42と24、なんだか国道の番号を二人でもらったみたい。
 「コスモパーク加太対策検討委員会(仮称)」を設置することが検討されています。コ
スモパーク加太は、関西空港土取り跡地ですが、土地開発公社の銀行からの借金は438
億円、県が利子補給したものが県からの借入金として105億円累積しているのです。
 銀行の借り換え期限がきているのですが、銀行は「県が債務保証してくれないと借り換
えに応じられない」と言っているのだそうです。
  開発県政失敗のつけは、県民に重くのしかかっています。


県議会からの第三報文教副委員長になりました

  5月14日から、臨時県議会が始まりました。雑賀の議席は42番です。となりの松坂
さんが41番、後ろの藤井さん43番、村岡さんが44番です。ちなみに海南市の藤山さ
んは、最前列24番。42と24、なんだか国道の番号を二人でもらったみたい。
 新議長は、海草の尾崎さんです。   

常任委員会・特別委員会が決まりました

   常任委員会・特別委員会のわりふりが決まりました。会派間のわりふりで、雑賀が文
教委員会の副委員長になりました。委員長は那賀の山田さん。委員には、平越さん・下川
さんなどの超ベテラン議員がならんでいます。

 日本共産党議員団の委員会分担

 ☆常任委員会 村岡(福祉環境)    藤井(総務)
                雑賀(文教=副委員長)松阪(農林水産)
  ☆特別委員会 村岡(関西空港対策) 藤井(防災)
                雑賀(人権問題) 松阪(半島振興過疎)
   そのほかに
  ★コスモパーク加太対策検討委員会  村岡





県議会うら話

 今日は第二日。議長・副議長の調整で、新人議員は待機ばかりです。たいくつだから、
藤山さんがいる開成クラブに遊びに行ってきました。「新人は暇だね。うちは村岡さんが
団長兼幹事長でがんばってくれてます」というと、同じ席にいた保守の議員は「村岡さん
なら二人分がんばれるわな」と笑います。
 表面上こんな穏やかなことを言いながら、水面下でいろいろな綱引きがあるのです。




県政を支える海南の人たち

 県議会の議席についてひな壇の執行部席を見る。おひな様と違うのは、知事など三役が
一番下の段(前の席)に座っていることだ。その後ろに部長級がならぶ。
 ところでその中に、海南の人が多い。一番若い部長といわれる石橋商工労働部長は、藤
白の人。野添企画部長は溝の口。坂口農林水産部長は亀川。七人しかいない部長のうち三
人までが海南の在なのである。あとの四人のうち、総務部長と県土整備部長は、中央から
の出向だから、県政にしめる海南人の比重の大きさが分かる。さらに最近になって、三役
のお一人が、海南・高津の出であることを知った。
 それからもうひとつ、県議会の主、三〇数年間、速記を担当していらっしゃるのが吉川
さん(名高)である。
郷土意識ばかりふりまわす気はないが、新米としてはなんとなくほっとするというのも人
情である。

 


「中山さんお元気ですか」と守衛さん

   県庁北別館にはいると議員の名前がはいった表示板に電気がつく。帰れば消える。僕
は、議員がボタンでも押すのだと思っていた。守衛さんがつけてくれるのである。だから、
最初の日は大変だ。当選議員の写真が載った新聞を片手に、新人議員を確認しておられる。
  先日、ベテランの守衛さんがニコニコして声をかけてくださった。「雑賀さん、中山先
生はお元気ですか。中山先生がおいでになったときは、中山先生とばかり話をしたもので
すよ」
  ここでも中山先生らしさを見つけた。




ありがとうございました海南・海草8人全員当選

 統一地方選挙後半戦、みなさまの大きなご支援で、海南市、下津町、野上町議員選挙で、
日本共産党市町会議員は、7名全員当選。先の県会議員選挙と8月に町会議員選挙が行わ
れる美里町をふくめて9名の議員団が、みなさまの要求実現の先頭にたたせていただける
ようになりました。
  選挙戦のあいだにも、たくさんの要求が寄せられています。さらにみなさんの声に耳を
傾け、議会などでは堂々と意見をのべ、一致点では市長・町長さんや他の議員さんとも力
をあわせて、みなさまの元気ですみよい町にしていくためにがんばっていきたいと考えて
います。
  ひきつづき大きなご支援をお願い申し上げます。

         和歌山県会議員  雑賀光夫 
         海南市会議員  幡川文彦 河野敬
                 岡 義明 上田弘志  
         下津町会議員  橋爪光一 中井富美      
         野上町会議員  林 博行 
         美里町会議員  美濃良和

 お世話になりました。立派な後継者に引きつがせて頂きありがとうございました。これ
からも、ともにがんばります。
           前和歌山県会議員  中山 豊
           前海南市会議員   小橋 勝    
                                                     



美濃よしかずさん二八二票・第二位当選

  八月三日投票の美里町議選挙で、日本共産党・美濃さんは、十二人中二位。投票総数が
減っている中、前回よりも二四票上乗せした前進でした。

  「日本共産党の美濃さんこそ、町民がたよりにできる、なくてはならない人」という信
頼の上に、地元の支持者・家族の皆さんの奮闘、海南・海草・和歌山市からの支援による
勝利でした。



どうだったかな衆議院選挙制度と議席

 「政治改革」とやらで、衆議院も参議院も選挙制度が変わって、分かりにくくなってい
ます。
   衆議院選挙は、小選挙区三〇〇、ブロック別比例区百八十の議席を争うことになりま
す。
  和歌山県は一区(和歌山市)、二区(海南・海草・那賀・橋本・伊都)、三区(有田以
南)の小選挙区に分けられます。
  近畿ブロックは、定数三〇で、前回(二〇〇〇年)総選挙では日本共産党からは五人が
当選。全国の当選者は二十人でした。( 前々回は二六人、その前は、十五人) 下角さん
は、一区候補であるとともに、比例区候補もかねています。 






さいか読者ニュース・発行危うし

 「さいか光夫の赤旗読者ニュース」は、さいかがパソコンで作ります。自慢じゃないが、
一月からこれまで、県議選挙の投票日を除いて、赤旗日曜版には、かならず折り込んでき
ました。
 日曜日に折りこもうと思ったら火曜日には印刷に回さなくてはなりません。ところが、
さいかは、二三日から横浜での「中小商工業交流集会」に参加して、続いて二六日(火)
の国道四二号バイパスの国土交通省への陳情に行かなくてはなりません。「発行危うし」
というわけです。
 十日後にお届けするニュースのトップ記事にふさわしい情報が何になるのか分かりませ
んので、こんな泣き言を書いて済ませられるのも、読者の皆さんとの信頼関係があってこ
そです。           (8月22日記)




さいか光夫と一緒に考えよう住みよい元気な海南

  みなさんんとご一緒に考えるニュースをたくさん発行しています。
  @ 毎週の「赤旗日曜版」に折込で「さいか光夫から赤旗読者のみなさんへ」というニ
ュースを出しています。
 A そこから抜粋して「さいかニュース」を毎月出して、訪問したお宅にはおくばりし
ています。
 B 「海南民報」では、海南海草日本共産党議員団の活動を年四回、みなさまに報告さ
せていただく予定です。

 このほかに、ニュースを編集した冊子、「さいか光夫のとびある記」(第一集・第二集)
が出されています。また、県議会での質問などを「さいか光夫の教育論集」にまとめてい
ます。
 ご希望の方にお届けします。