このホ−ムページをご覧いただいている皆様へ

本当に、本当にありがとうございます!
皆様のあたたかい励ましの声・・・
私たちも皆様同様涙なしでは読めません。
愛するわが子が死に至った状況を書き記し、公表するということはとても耐え難く辛い作業でした。
何度も何度もくじけましたが、本当にやって良かったと、今、心から思います。
私たちの大切な天使たちは、なんて立派にお仕事しているのでしょう!!
皆様、これからもどうか天使たちが一生懸命送り続けるメッセージをしっかりと受け取って下さい。

心筋炎の情報を下さった方の中で、
メールアドレスが変更になった方はご連絡下さい。
よろしくお願いいたします。

心 筋 炎 No.1 No.2 No.21 No.31 No.35 No.40 No.44 No.46
No.49 No.52 No.55 No.56 No.58 No.59 No.60 No.65 
No.72  No.76  No.84  No.90  No.93  No.94  No.97  No.104
No.110 No.113 No.117 No.119 No.123 No.125 No.130 No.146
No.147 No.149 No.154 No.159 No.161 No.162 No.163 No.164
No.166 No.167 No.170 No.173 No.180 No.181 No.183 No.186
No.187 No.191 No.192 No.193 No.196 No.197 No.198 No.199
No.201 No.203 No.206 No.209 No.211 No.216 No.217 No.219
No.222 No.223 No.225 No.226 No.228 No.229 No.234 No.236
No.239 No.241 No.242 No.243 No.247 No.250 No.252 No.254
No.256 No.268 No.273 No.276 No.277 No.282 No.283 No.287
No.290 No.297 No.299 No.301 No.305 No.306 No.307 No.308
No.309 No.312 No.313 No.315 No.317 No.322 No.323 No.325
No.326 No.328 No.329 No.331 No.333
医療関係者 No.8   No.20  No.32  No.39  No.64  No.91  No.106 No.116
No.132 No.138 No.152 No.177 No.178 No.188 No.195 No.224
No.232 No.257 No.267 No.275 No.279 No.286 No.300 No.324
海外 から No.56  No.59  No.61  No.89  No.122 No.235 No.240
No.104 No.111 No.170 No.176 No.197 No.217 No.230 No.262
No.263 No.265 No.269 No.288 No.293 No.327
そ の 他 No.3  No.4 No.5 No.6 No.7 No.9 No.10 No.11
No.12 No.13 No.14 No.15 No.16 No.17 No.18 No.19
No.22 No.23 No.24 No.25 No.26 No.27 No.28 No.29
No.30 No.33 No.34 No.36 No.37 No.38 No.41 No.42
No.43 No.45 No.47 No.48 No.50 No.51 No.53 No.54
No.57 No.62 No.63 No.66 No.67 No.68 No.69 No.70
No.71 No.73 No.74 No.75 No.77 No.78 No.79 No.80
No.81 No.82 No.83 No.85 No.86 No.87 No.88  No.92 
No.95  No.96  No.98  No.99  No.100 No.101 No.102 No.103
No.105 No.107 No.108 No.109 No.112 No.114 No.115 No.118
No.120 No.121 No.124 No.126 No.127 No.128 No.129 No.131
No.133 No.134 No.135 No.136 No.137 No.139 No.140 No.141
No.142 No.143 No.144 No.145 No.148 No.150 No.151 No.153
No.155 No.156 No.157 No.158 No.160 No.165 No.168 No.169
No.171 No.172 No.173 No.174 No.175 No.179 No.182 No.184
No.185 No.189 No.190 No.194 No.200 No.202 No.204 No.205
No.207 No.208 No.210 No.212 No.213 No.214 No.215 No.218
No.220 No.221 No.227 No.231 No.233 No.235 No.238 No.244
No.245 No.246 No.248 No.249 No.251 No.253 No.255 No.258
No.259 No.260 No.261 No.264 No.266 No.270 No.271 No.272
No.274 No.278 No.280 No.281 No.284 No.285 No.289 No.291
No.294 No.295 No.296 No.298 No.302 No.303 No.304 No.310
No.311 No.314 No.316 No.318 No.319 No.320 No.321 No.330
No.332 No.334

No.334 [2009.1.31]
はじめまして。私は10カ月前に8歳の子供を亡くした母親です。ページを拝見して涙があふれて思わずメール
いたしました。
私の子供は双子の弟の方で、心筋炎ではなかったのですが、亡くなる経過が似ていましたので・・・。
すごく元気でやさしい彼は二年生の終業式が終わったあと急に具合が悪くなり学童保育から連絡がありました。
夕方かかりつけの医院に連れて行くと「今流行のウィルス系の風邪だね。今頃なったの?下火だよ」と笑って言
われました。
「明後日のスキー合宿を楽しみにしているんですがいけますか?」と聞いたところ、
「多分大丈夫でしょう、今晩熱が出るよ」と言われました。
次の日も吐き気と下痢がありましたが様子を見つつ、双子の姉と一緒に弟の分も合宿の準備をしました。
夜熱が出てあまりにも高いので熱さましを飲ませました。
「おにぎりが食べたい」と言って一つ食べて寝ました。
翌朝、ひどい下痢をしていて脱いだものもわからない感じだったので、朝一に医院に連れて行きました。
院長先生が「どうしましたか」と朝出て来られたので、
「一昨日来たけど治らないので・・・」と言うと、軽い感じで診察され、
「治っていますよ!!」と言われました。
「今日のスキーを楽しみにしていたんですよ」とお話したら
「もう大丈夫」と言って薬も軽いものしか出ませんでした。
「治ってるって、よかったね。治ったらスキーとか行こうね」と言って帰りました。
しかしお昼になって、一向に症状がおさまらず、下痢と嘔吐が出っぱなしになったので、医院に電話しました。
あまり動かすのがかわいそうでしたし、朝行ったばかりでしたので電話で聞いてからと思いました。
症状を言うと、電話に出た人に「薬はすぐには効ききませんから様子を見て」と言われたけど、
「でももう出っぱなしなんです!」と言うと、「先生がそうおっしゃっていますから」と押し切られ、
「そうですか・・・」と電話を切りました。
しばらく私と話したり笑ったりしていましたが、様子を見ているうちに彼はなんだか眠りに入りそうになりまし
た。私は胸騒ぎを覚え起こしに行きました。そのうち彼の意識がなくなりました。救急車をよんで病院へ行きま
したが一度も心臓は動きませんでした。
かぜと言われたった2日でした。しかも治っていると言われなんの検査も処置もなしに・・・。
解剖の結果ウィルスが腎臓に入ったのでした。お医者様に問いただしましたが、逃げの言葉ばかりでした。
「電話してくる母親は対外心配性の母親が多くて、たいていは大したことがないとか、様子見てと言ったのは、
お母さんが様子を見て判断して、連れて来いという意味だった」とか、私が「なぜ小児科を掲げているのに、お
う吐や下痢をしていて食べられない子供に点滴や検査をしないのか」と聞くと、
「逆にお母さんたちに検査をするかと聞くと普通はしないというくせに」とか言われました。
お母さんたちは自分じゃ判断できないから、専門のお医者様を信用して委ねるのに、そのようなことばかり言わ
れ、挙句の果てにはうちは悪くない、世の中の医療体制が悪いと言われました。
息子はなんの治療もされずに死んでしまいました。私は息子を守ってあげられませんでした。
それから今までの期間何度も娘のためにも頑張ろうと思いましたが、考えることは死にたい・・・と言うことば
かりです。後悔と息子への懺悔の日々です。周りの人には気づかれないように明るくふるまおうと努力していま
すが、心のうちはいつも泣いています。
しっかりしなきゃと思うのですが、また駄目になりの繰り返しです。早くお迎えにきてほしいとばかり思ってし
まします。
息子は今どうしているのかとばかり思います。
毎日前を向くことができず、でも世の中は何もなかったようにまわっていくことが悲しく思います。
なにも前むけるような発言ができずに申し訳ありません。
ありがとうございました。
女 性
メールをいただきありがとうございます。「私は息子を守ってあげられませんでした・・・」この言葉に胸がい
っぱいになりました。親の目から見て明らかに異常だと思うことでも、医師の目から見て“心配性の母親”と判
断されてしまえば、私たち母親は一体どのようにして我が子を守れるというのでしょうか?
単なる風邪として見過ごされる患者の中には、重篤な病気を発症している子供がいます。日常の“慣れ”や“流
行性”に流されてしまう診療の中で、私たち親の重要な訴えやサインは軽視され、悲しい出来事が繰り返し起こ
っていると思います。私、いつも思うんです。たとえ同じ病気の人がいたとしても、その病気の進行具合やその
後の経過など全く同じではないと。だから初診の段階できちんと親の訴えに耳を傾けてほしいのです。
守りきれなかった子供を思う時、悲しみのどん底に落ちてしまいます・・・
生き方がわからない・・・、娘に会いたい・・・、娘は死んでしまったのに、なぜ私は生きてるの?
そんな苦しみや悲しみに溺れながら、気がつけば娘と過ごした時間よりも長く娘のいない時間を過ごしてきた私
がいます。きっと「頑張らなきゃ」と思う以上に頑張っていらっしゃると思います。
だからどうか頑張りすぎないで・・・悲しみに身を任せ、自分自身と向かい合いながら1歩ずつ歩んでほしいで
す。もちろん1歩も前に進むことが出来なくなる時もありますが、ほんの少しでも前進した分、子供たちに近づ
いているのですから・・・
きっと子供たちが私たちを引き合わせてくれたのだと思います。時間の流れに逆らって生きていくことは、とて
もしんどいことです。何事もなかったかのように時間が流れていくことがたまらなく虚しく感じます・・・。
この虚しさは子供を亡くした親にしかわからない感情だと思います。いつでもメールを下さい。ほんの少しだけ
前を歩いている分、悲しみに寄り添い、止まったままの時間を一緒に過ごすことが出来ると思います。
(高岡)

No.333 [2008.10.11]
はじめまして。
こちらのサイトにたどり着いたのが今から約3年前。娘が「劇症型心筋炎」にかかった時のことでした。
幸いにも奇跡的に一命を取り止めた娘ですが、一度は死を宣告された立場として、お子さまを亡くされた方々の
ことを考えるとメールをすることが出来ませんでした。
しかし、亡くなられた子供たちのメッセージと、この病気の事をを少しでも多くの方々に理解していただきたい
という思いは一緒だと思い、この度メールさせていただきました。
今から3年前、小児科で風邪と診断されながらも、食欲が無くお腹を痛がる、少しいつもと違う娘の様子から別
の小児科や大学病院で診察をしてもらいました。
検査入院が決まり、入院準備に帰宅した数十分後、病院から急変の連絡。
病院に駆けつけた直後「いつ心臓が止まってもおかしくない状況です」と告げられました。
ここでは命を救う事は出来ないとの事から国立病院に搬送され、人工心肺装置による治療を行い、全身管だらけ
の姿や先生の病状の説明がある度に、覚悟をしなければいけない日々でした。
しかし、約10日後、奇跡的に娘は目を覚ますことが出来ました。
辛い辛い経験でしたが、元気に普通に生活できることがどんなに幸せなことか、どれだけの人に支えられながら
生きているのか、たくさんの感謝の気持ちを持って生きる必要があるという事を知ることが出来ました。
きっとこれが「メッセージ」なのだと思います。
娘の命を助けていただいた私たちは、大きな事は出来ませんが、こうした貴重な経験を少しでも多くの方々に伝
える事が出来ればと思っています。
子供の変化を感じ、子を育てるのは親であるとともに、子は親を育ててくれているのだと思います。
しっかりと今の幸せをかみ締めて生きたいと思います。
女 性
メールをいただきありがとうございます。貴重な記録を教えていただきましたこと、心から感謝申し上げます。
「いつもと違う」という親の直感と、その親の訴えや小さなサインを見過ごさず、検査に至り救急搬送、人工心
肺による治療を経て快復・・・
大きな不安を抱えての毎日だったと思います。
いくつもの幸運が重なり守られた命からの「大切なメッセージ」は、私たちに大きな希望を与えてくれました。
「救命不可能」と説明を受けた私ですが、決して全てがそうではないと思っていました。
的確な判断と診断によって救命できる命はあるのだということを教えていただきました。
教えていただいた貴重な経験が一人でも多くの人のもとに届きますように・・・
ありがとうございました。
(高岡)

No.332 [2008.5.24]
はじめまして。1歳半の息子を持つ母親です。
ここ1ヶ月ほど、子供が夜になるとひどく咳こむためいろいろ調べていて、偶然このHPを見つけました。
風邪だといわれ、そう信じて看病していたのになぜ・・・
皆様のお気持ちはまさに想像を絶するものだと思います。
そして、そのような辛い経験をHPというかたちで活かし、一人でも多くの方に伝えようとしてくださっている
こと、ほんとうに尊敬します。
私もかかりつけの小児科医を全面的に信頼していました。
できるだけ自己治癒力で治すのがいいのでは?と、ソフトに接してくださり、今のところ適切な処置をしていた
だいています。
しかし、だからといってすべて頼りきってしまってはいけないのですね。
わたしたち親も日ごろから子供の様子を観察し、知識を増やし、異常があるとかんじたらそれを何があっても医
師に伝えなければならない。
後悔しないためにも。
皆様のそのお気持ちが痛いほど伝わりました。
私は子供になにかあるたびに、きっと心筋炎という言葉を思い出すことでしょう。
その言葉を教えてくれた天使たちとお父さん、お母さんに心から感謝いたします。
女 性
メールをいただきありがとうございました。ホームページの更新が滞ってきていた中で、あたたかな励ましのメ
ッセージをいただき、胸がいっぱいになりました。
小さな活動だけど、誰かの目に触れることで子供たちのメッセージが届けられる・・・
もう一度、このホームページを立ち上げた頃の気持ちに戻って頑張りたい・・・そんな風に思いました。
こちらこそありがとうございました。
(高岡)

No.331 [2008.4.23]
昨年の7月に4才になったばかりの長男を心筋炎で亡くしました。
ひなりちゃんと同じセンターで息を引きとりました。
亡くなる1ヶ月前、軽い肺炎を起こしました。回復を待ち、VURの検査の為、生まれつきアルビノだった息子
が1年に1回かかっていたセンターに検査入院しました。
急ぎではないのですが手術を控え退院したものの、1時間後に発熱。センターに連絡しても診せに来いと言わな
いので、仕方ないので近医を受診。ミノマイシンを処方され、3日後、40℃の熱が38℃までしか下がらない
ので再受診。違う抗生剤を処方され2日後には元気になりました。誕生日、4才になりました。
5日後また40℃の発熱、近医も祝日で休みの為様子を見ました。私自身、また近医も腎臓からくる熱か風邪な
のか判断できませんでした。翌日近医を受診したところ、肺炎の時レントゲンを撮ってしまったのでセンターに
今日行きなさいと言われセンターへ。
腎臓からの熱とは考えられないらしく、感染免疫科の医師を連れてこられ『少し脱水が出てるのでとりあえず点
滴』。
熱も38℃まで下がり、ウィルス性の風邪だと思うのでお薬は出しません、様子を見て下さいと帰されました。
帰りの頃から熱もさほどないのに喋らなくなり、あれ??と違和感を覚え始めました。
ずっと元気がなかったものの、夜寝る前だけは元気に笑って、ぐっすり寝てくれました。
翌日の正午頃からまたピタッと喋らなくなり、熱も38℃しかないのに寝ると言って、その後は寝言で「痛いー
離してー!!」と何度か叫んでいました。今思えば、これが意識障害だったのだと思います。
トイレに起きてもまたすぐ寝てしまう・・・不安だったのでセンターに「何かいつもと違うんです・・・熱もな
いのにずっと寝ているし、熱もないのに足が痛くて歩けないと言うし・・・何か大きな病気じゃないですか??
脳症とか・・・」
「大きな病気なら熱がもっと出てもいいはずなんですよね〜あ、泣いてるね。泣いてる元気があれば大丈夫。
足を痛がるなら解熱剤お持ちですよね?鎮痛作用があるので飲ませてみてもいいですよ。心配だったら明日の昼
間診せにきて下さい」
私達には県の中枢のセンターの医師にそう言われては何も言えませんでした。
熱がさほどない息子に解熱剤は怖いので使いませんでした。祈るように『明日の9時』を待ちました。
寝ないでずっと息子を見つめていました。脱水になるとまた点滴になってしまうので無理に水を飲ませ、足が痛
いと布団を蹴られてしまうので冷たい足をさすりながら、ただ見つめるだけで私には何もできませんでした。
5時半頃手も冷たくなり熱を測ったところ低体温でした。急いで病院に救急の電話を入れてる最中「ママ!抱っ
こー!」そう叫んで抱っこした瞬間、私の腕の中で息も心臓も止まりました。
どうして諦めたのか。どうして無理矢理でも病院に連れて行かなかったのか。
何であの時怒ったんだろう。何でもっと遊んでやれなかったんだろう。
死んだら楽なのに、この苦しみが自分への罰なんだと思い生きています。
10日後、次男が予定日より8日も遅く生まれました。
私が愛したら、大切に思ったら、この子もまた死んでしまうのかもしれない・・・
愛してあげられない自分が情けないです。
このHPを拝見させていただいて、本当に同じ症状でビックリしました。
皆さん同じ苦しみを抱えて生きていらっしゃるんですね・・・
どんな風に生きていけばいいのか、私にはまだわかりません。
暗いメールでごめんなさい。
皆さんのお子さん達と息子が天国で会えますように
女 性
メールをいただきありがとうございます。「足が痛くて歩けない」という症状の多さに、またひとつ重要なこと
がわかったような気がします。熱の高さで病気の重症度は判断できないと思います。熱はあまり高くなくても、
重篤な病気もあります。繰り返される、親の訴えを無視した結果の悲劇に何とも言えない怒りを覚えました。
病気に対する知識がない私たちは医師から「大丈夫」だと言われれば、それを覆す勇気をなくしてしまいます。
私たちが感じる、「何か、いつもとは違う」という不安な気持ちは、医師にとっては大きな情報であり、大きな
サインだと思うのです。
こうして出逢えたことは、子供たちが大きなメッセージを発しているからだと思うんです。
子供たちの死を無駄にしない活動をしていきたい・・・また改めてそう思いました。
きっと息子さんも天国でみんなと一緒に楽しく遊んでいると思います。
(高岡)

No.330 [2008.1.11]
5歳の女の子の母です。
このHPは数年前から読ませていただいていたのですが、私のブログで、ぜひ紹介させていただきたいと思いま
す。
心筋炎を知って注意する人が、一人でもふえますように。願っています。
女 性
ありがとうございます。多くの方の支えによって、心筋炎という病気について知ってもらえることを心から願っ
ています。どうかよろしくお願いいたします。
(高岡)

No.329 [2007.12.29]
こちらのHPを読む度に、涙が出てとまりません。
私は福岡に住む3人の子を持つ母親です。
先日12月8日に一番下の4ヶ月の息子が「急性心筋炎」になり現在ICUに入院しています。
近くの病院に行った時は、心停止状態でしたが、処置が早かったお陰で、一命は取りとめました。
人工呼吸、血液製剤グロブリンの投与、何種類もの点滴をされている姿を見て、「どうしてこんなになるまで気
づいてやれなかったのか・・・」と悔やんでなりません。
母親は、子供の一番の主治医のはずなのに・・・・。
心臓がかなり肥大していて、3週間たった今もその大きさは変わりません。
普通の状態に戻るには、かなり時間がかかるのでしょうか。
ただ、この病気はほんとうに一分一秒が大切なんですね。
ちょっと風邪を引いてるだけと思い込んでいた私を病院に向かわせた友達の一言「わたしだったらすぐに病院行
くよ」。この言葉がなかったら、今この世にいなかったでしょう。
息子が心筋炎になり、初めて心筋炎という病気を知りそして、心筋炎の恐ろしさを知りました。
このHPを少しでも多くの人が見て、心筋炎という病気を知って欲しいです。
女 性
メールをいただきありがとうございます。
いただいたメールをドキドキしながら読ませていただきました。
今はまだICUでの治療が続けられているということですが、小さな体で一生懸命頑張って治療を受けている息
子さんの1日も早いご快復を心からお祈りしています。
心筋炎の治療は、「ポンプ不全の治療と心臓を休ませること」だとお聞きしています。
万全の医療体制の中で、最善の治療が行われていることと思います。
ご家族の皆さまも大変だと思いますが、お身体を第一にこの辛い時期を乗り切っていただきたいと心から願って
います。
重篤な状況を乗り越えた息子さんですから、きっと頑張って一つずつ点滴が外れていくと信じています。
どうかご自分を責めないで下さい。
お友達の一言とお母さんの「不安」があったから行動し、「今」があるのだと思います。寄せられた1歳以下の
赤ちゃんの情報の中で、心停止から蘇生、治療という情報は初めてなので、私たちもとてもうれしいです。
今、小さな体で一生懸命頑張っている息子さんにエールを送り続けたいです。
(高岡)

No.328 [2007.12.13]
はじめまして。
6歳6ヶ月の娘の母親です。
2007年10月15日下痢で受診した行きつけの小児科で心雑音がするということで近隣の循環器専門の小児
科を紹介され受診しました。すると拡張型心筋症ですとの診断。
何のことが判らず、ネットで調べていくと恐ろしい病気だということが判り、半狂乱になってしまいました。
その後、循環器専門の大きな病院を紹介され、受診すると「ウイルス性心筋炎にかかったことはありませんか?
」と3度聞かれ、ここ1〜2年発熱した事がなく、私も???という感じでしたが、あ〜そういえば6月に母の
私が咳がひどく、娘に移ったことがあったっけ?
保育園の連絡帳を読み返すと天使たちからのメッセージの症例に近いような症状が書いてありました。

6/1(金)保育園から帰宅すると38.2の熱。
      即行きつけの小児科へ。のども赤くなく、その頃流行っていた溶連菌の検査も陰性。
      単なる風邪でしょうということで帰宅。
6/2(土)熱は下がり、のんびりすごす。
6/3(日)自覚症状はないものの、不機嫌。熱はなし。
      半泣きになったり、乱暴な言い方をしたり、ふてたり
      親の気持ちを逆なでするような言動を言ったり、
      昼寝は嫌いなのに、2:30〜6:30まで爆睡。
6/4(月)朝、熱はなく、咳と声がハスキー。
      保育園に登園したものの、熱があるということで連絡あり帰宅。
      食欲あり、昼寝は嫌がったものの横にさせ、夜は即入眠。
      夜中発熱、本人の自覚症状はなし。
6/5(火)食欲あり、昼寝4時間し、夜も即入眠。咳と鼻づまり
6/6(水)熱は下がり保育園は念のためお休み。風邪薬もらいに行きつけの小児科へ行きました。

その後は問題なく、元気にバレエの発表会も運動会もプールも全て元気に過ごしていました。

この経緯を主治医に説明すると、
「たぶんそれかな?今は調べても何も判らないけど、きっと乗り越えちゃったんでしょうね。」との事。
今から考えても信じられません。
その頃、母の私も咳がひどく母乳なので薬は飲めず、弟は生後2ヶ月で免疫があるはずなのに熱が出たり、毎日
病院に行っていました。
娘は風邪と同じ症状でいつもよりよく寝るなぁと思ったくらいでした。
母親ならいつもと違うと気づくことができる!と書いてありましたが、全く判りませんでした。
今思うと私の夏風邪が原因で娘に移り、心筋に悪さをしたのでは・・・と悔やんでしまいます。
今は拡張型心筋症として、運動制限と投薬を開始しています。
皆さんのお話を聞いて、もし娘がこの病気を乗り越えられなかったら、きっと同じ想いをしていたかもしれない
と思うと心中穏やかではいられません。
またアメリカの方のお兄ちゃんの死後、妹まで心筋炎にかかっているという情報も拝見し、遺伝というよりは罹
患しやすい体質を兄弟で持っている可能性も否定できません。
そういう意味では弟も(すぐ熱を出す子なのですが)注意して育てていかなければ・・と思いました。
小児科の病院は必ず心電図やエコーを設置して、気になる場合は念には念を入れて調べるくらいの事はしてもよ
いのではないかと思っています。
きっと判らないだけで潜在的に罹患した患者は多数いると思いますので、早く原因究明されることを祈っていま
す。
女 性
貴重な情報をいただきありがとうございました。「風邪は万病のもと」という言葉をよく耳にしますが、こうい
うこともあるのだということを教えていただきました。
この貴重なご経験が一人でも多くの方の目にとまりますように・・・
(高岡)

No.327 [2007.11.23]
初めまして。私は中学校3年生のみさきと申します。
私は副腎白質ジンストロフィーについての小説を書こうと思っています。
今は受験があるので下書きをノートに書いているのですが、いつかできたらどうか見て下さい。
http://ip.tosp.co.jp/i.asp?i=aoirui0 これが私のホームぺじのアドレスです。
少しでも多くの人に病気の恐ろしさを分かってもらいたい中学三年生より。                
女子中学3年生
みさきちゃん、メールをいただきありがとうございます。頑張って小説を完成させてくださいね。少しでも多く
の人に病気の怖さをわかってもらえるように・・・応援しています。
(高岡)

No.326 [2007.10.15]
こんにちわ。私も半年前に劇症型心筋炎になりました。その時、22歳でした。私は救急車で搬送される前には
自分のちからで立てなくなり、物凄い吐き気やしびれ、40度の熱などの症状に苦しめられ、やはり風邪症状か
ら始まりました。救急車の中でも意識があまりなくすぐにカテーテルを足の太股に入れたり人工心肺やバルーン
輸血、PCPSなどあらゆる処置をしました。もうだめかもしれないと家族は告げられたそうです。一度は心停
止したそうです。考えると今でも怖く生きててよかったと心から思います。私は二ヶ月間入院していました。
現在は心拡大・心機能障害が残り通院中です。この治療は凄く辛く大変な病気なのでみなさんに私も知って欲し
い限りです。
女 性
貴重な情報を送っていただき心から感謝申し上げます。
メールの内容からどれほど大変な状況であったのかということが、私たちにも伝わってきて、心筋炎の怖さをま
た改めて知る思いがしました。
ご本人の苦しみやしんどさはもちろんのこと、目の前の事実にご家族の方がどのような思いで向き合ってこられ
たのかと思うと、胸がいっぱいになりました。
大変な状況を脱してご回復されたことを心からお喜び申し上げます。
とはいえ、現在も心筋炎のつめあとである心拡大・心機能障害のため通院中とのこと。
まだまだ大変な治療中であることには違いがないと推察いたします。
危機的状況を脱した方が、その後どのような思いで治療を受けられているのかということは、あまり知られてい
ません・・・。
もし、可能でしたら心筋炎という診断がつくまでにどのような症状があったのかということや、どのような治療
を受けられたのかということ、現在の状況などをお教えいただけないでしょうか?
(高岡)
早速お返事しました。
診断がつくまでの症状はまず37度程度の熱がチョコチョコ出始めました。その時一度病院にいき、普通の風邪
だといわれました。薬を飲んでいたら一度は治ったかな?と思っていたら38度から段々40度の熱が出てきま
した。しかし、仕事が忙しくなかなか病院にいけず前に貰った薬を飲みながら仕事をしていました。そして、診
断される前日にどうしても治らないので救急病院に行きました。そこでも風邪だと言われ薬を貰いました。
そして翌日あまりのエラサに仕事を休もうと電話しようとすると携帯がなく車にはいつくばるように取りに行き
ました。すると、何故か周りが眩しすぎてあまり見えなくなってきました。その時はあまり考えることなくただ
えらいのみでした。やっとで家に帰り倒れこむように寝て、母からメールが来ました。迎えにいこうか?と。
そして迎えに来てもらい、その時にはもうフラフラで吐き気がすごく立っているのもやっとな感じでシビレも感
じました。そして小さい病院を二つ行かされ(紹介状を1軒目に出されて)、2軒目で血液検査をすると値が異
常なほどにあったそうです。レントゲンも撮りました。その時は、もう吐き気が凄くて立てなくなり車椅子でし
た。そして、大きい病院に救急車で運ばれました。この辺りから意識があやふやであまり覚えていません。母の
話では病院につくと心臓が悪いことが解り、すぐにカテーテルを入れました。そしてICUにて順番はわかりま
せんが、人工呼吸器、心臓にバルーンを入れ、PCPS、人工心肺、肺に血液がたまり出血したので輸血、エコ
ー、点滴をしました。
一般病棟では点滴、エコー、薬を飲んでました。たまに機械での検査(心電図、シンチ、レントゲンなど)をし
ました。そして段々と歩けるようにもなり回復しました。現在は半年経ちますが三種類の薬(アーチスト、アン
カロン、タナトリル)を飲み、月1回の診察と週1回のリハビリを行っています。今では全く動いていなかった
心臓が微妙に動き出したので全く動かない部分はなくなりました。なのでワーファリンはなくなりました。しか
し動きは悪いです。心不全も快方に向かっています。心臓病の人にしたらイイ方みたいです。
しかし体がいつもどこかだるく、100メートル位歩くと息が切れてきます。
病気も安定してきているので今は就職活動中です。しかし体が体なので中々難しそうです。事務程度しか安全で
ないそうなので事務職を探してます。
そして今障害者認定中なのです(--;)しょうがなぃですね。もぅ治らないそうなので上手にこの心臓と付き合っ
ていこうと思います。

No.325 [2007.9.22]
6歳のむすこが、8月末から、熱を出していました。9月2日の朝、突然痙攣をおこし、何度も痙攣を起こすた
め、救急車をよびました。運ばれた病院で痙攣止めの座薬をいれてもらったが、おさまらず。熱性の痙攣だと思
うが、徐脈が気になるといわれましたが、原因はわからず、そのまま入院することになりました。ところが、日
曜日の朝なのに、たまたま心臓専門の医師がいて、異常に気づき、心筋炎によるアダムストークス発作だろう。
と、緊急に対外式ペーシングをしてもらいました。その後も心筋の炎症がすすみ、このまま進めば対外式の補助
心臓が必要になる。かなり重症の型なので覚悟をしておいてください。といわれた。
幸いなことに、それ以上は炎症は進みませんでした。でも自力の心拍はもどらず、13日にペースメカーの埋め
込み手術をうけました。その後の経過は順調です。このホームページを見せていただき、たくさんの方々が亡く
なっている現状をはじめて知りました。わが子は、ラッキーがいっぱい重なって助かったのですね。亡くなった
方々のご冥福をお祈りします。
そして、この先。まだ、幾多の山があると思いますが、助けて頂いた命を大切に育てていきます。
女 性
メールをいただきありがとうございます。
元気な人を襲う心筋炎の怖さと「熱のわりに・・・」と感じる小さなそれでいてとても重要なサインを見過ごさ
ず、またその異常を察知できる医師がすばやくその事態に対応できることで救われる心筋炎があるということを
またあらためて教えていただきました。
運・不運も大きく影響を与える心筋炎という病気の怖さと危機的状況を脱し順調な快復をされているお子様の強
い生命力に私たちは小さな活動を続けていく上での大きな励みになりました。
たくさんの好運に恵まれた大切な貴い命、私たちもお子様の成長を一緒に見守らせて下さい。
貴重なメールをいただきありがとうございました。
お子様から大きな勇気をいただきました。
(高岡)

No.324 [2007.7.31]
お久しぶりです。皆様お変わりありませんか?度重なる学会、講習会等でPCの修理が遅れ、先程、高岡さんの
HPを拝見したところです。言葉もありません。本当に大変な思いをご家族でなさって来られたのですね。
まず、心よりお嬢様のご冥福をお祈り申し上げます。
うちにも同年代の子供がおり、来し月日を振り返った時、特に可愛い盛りで子供の命を奪い取られることは、自
らの命を奪われるよりつらいことです。高岡さんご夫婦のお気持ちを想像すらできません。しかも10年近くに
及ぶ戦いはどれだけ過酷だったことか・・・高岡さんご一家は皆さんとても温和で、優しさに溢れている感じが
するとスタッフ間でも評判なのですが、おおきな悲しみを抱えて来られてきたこその今なのだと実感しています
。私も微力ながら、医療の一端を担うものとして、高岡さんのお嬢様のことはいつも心に留めておこうと思いま
す。本当におつかれさまでした。
女 性
メールをいただき、胸がいっぱいになりました。ありがとうございます・・・。先生のあたたかいお言葉に救わ
れました・・・
(高岡)

No.323 [2007.7.31]
あまりの突然の死でした。 心臓にウィルスが入って亡くなった と聞かされても そんな病気が存在するという
事が信じられず 眠る事も出来ずに 携帯で調べていたら このホームページを見つけました。
私は 三人の子供が居る母親です 友人の死がキッカケで心筋炎の恐ろしさや 無知の恐ろしさに気付く事が出来
ました。 天使の〜皆様と友人に感謝します。元気な事の方が奇跡なのかもしれないとまで・・・ 心から健康管
理について考え改めて生きたいと思います。 ありがとうございます これからも活動を続けてください応援しま
す。
女 性
信じられない突然の死・・・。私も全く同じ思いでした。心筋炎という病気を知らなかった自分を責め続ける日
々の中で、心筋炎という病気を一人でも多くの人に知ってもらい、私と同じような悲しい思いをする人が一人で
も少なくなることを願がって、このホームページを立ち上げました。
小さな活動ですが、どこかで誰かの目に触れていることがわかり、また勇気をいただきました。
ありがとうございました。
(高岡)

No.322 [2007.3.13]
今、病院からメールしてます。
3月7日に心筋炎でICUに搬送され、体内にバルーンを入れてました。
昨日やっとその装置が外され、今日から一般病棟です。(まだベッドから降りられませんが…)
私は31歳女性ですが、子供にもこの病気が多いと知り、びっくりしました。
大人の私でさえあんなに苦しかったのに…
私の場合、搬送先の病院ですぐに心筋炎と診断され、重体であったにも関わらず迅速な対応をして頂く事ができ
ました。
ただ、現在妊娠10週。治療の影響、搬送前の長時間に渡る極度の酸欠状態…
私は間もなく産まれて初めて授かった命を失ってしまいます
女 性
メールをいただきありがとうございます。
心筋炎の治療中の方ご本人からメールをいただいたのは、初めてでしたのでとてもびっくりしました。一般病棟
に移ったとはいえ、まだまだ大変な状況だと想像いたします。健康な人を突然襲う心筋炎という病気の怖さをま
た改めて思い知らされました・・・。
初めて授かった命を失わなければならない悲しみ・・・。おかけする言葉も見つかりません・・・。
小さな命は消えてしまっても、お腹の中に確かに存在した貴い命。
私たちがそうであったように、悲しみの中にいるママに命と引き替えに「生きるパワー」を一生懸命送ってくれ
ることと思います。
危機的な状況を脱しメールをいただきましたことをとても嬉しく思っています。
まだまだ大変な状態だとは思いますが、1日も早いご快復を心からお祈りしています。
(高岡)

No.321 [2007.2.23]
はじめまして。
昨年末に、先天性心疾患のため1歳1ヶ月で娘が天国へ逝ってしまいました。
5回の手術を乗り越え、やっと元気になり、根治手術への希望がようやく見えてきたところでした。
朝、ミルクを飲んだら、苦しそうにして、元気がなくなり、ぐったりとしたので、近所の小児科を受診したら、
胃腸風邪と診断され、吐き気止めが処方されました。
それが、信用できずに、かかりつけの小児循環器のある総合病院へそのまま向かいました。
病院に着くと、娘は元気になり、レントゲン、心電図、エコーをとりましたが、「心臓は大丈夫です」と主治医
に言われ、そのまま帰宅しました。
そして、夜になると、またぐったりして、翌日はほとんど水分をとれず、なんとか薬だけは飲んでくれたので、
様子をみることにしました。その次の日も状況は変わらなかったので、念のため診てもらおうと思い、かかりつ
けの救急外来を受診しました。病院へつく5分ぐらい前から、娘の様子がおかしくなり、変な泣き方をしていま
した。病院へ着くと唇が真っ青で、とても苦しそうなので、看護師さんがすぐに小児循環器の先生を呼んでくれ
ました。この時、脈は220を超え、手足は冷たく、サチレーションはとれませんでした。そのまま、入院、病
棟で処置をしましたが、点滴をいれたら、呼吸が止まり、呼吸器を入れたら、心臓が止まってしまいました。
ずっと、蘇生をしてもらいましたが、再び娘の心臓が動き出すことはありませんでした。
もともと、病気のため心臓の機能が弱く、治療に耐えられなかったそうです。上室性頻脈、初めて聞いた病名で
した。
娘の安らかな顔をみていたら、最後は苦しまずにすんだのだから、最後まで自宅で過ごせたのだから、と思えま
した。しかし、月日が経つと、あの時こうしておけば娘は今もここに居たかもしれないと思うようなりました。
病院への不信感も出てきてしまいました。そして、ようやく娘が苦しんでいるの助けてあげられなかった、私が
娘を守ってあげられなかったんだと、思うようになったころ、こちらのHPを拝見しました。
もしかしたら、娘も同じ心筋炎だったのかも?そう思ったら、今まで積み上げてきた、気持ちがくずれてしまい
ました。読んでいて、涙がとまりませんでした。
それと同時に、娘のように突然、天使になってしまったお子さんがたくさんいること、それにも負けず、がんば
っているお母さん方がたくさんいることを知りました。皆様の活動にパワーをもらい、言葉に励まされました。
そして、もう一度、病院へ行って、主治医に病気について、死に至った原因について、説明を聞いてみようと思
います。話をしても、娘が戻ってくることはなく、どうすることもできないのはわかっているけれど、それでも
少しでも、娘の死を受け入れることができたらと思います。
長いメールで申し訳ありません。ただ、こちらの天使ちゃんや、お母様方のおかげで、前向きになれたことに、
感謝の気持ちが伝えたくて。本当にありがとうございました。
女 性
メールをいただきありがとうございました。
1歳1カ月・・・小さな身体に5回もメスが入りその大変な手術を無事に乗り越えられてきたお嬢さま。
ご両親やご家族の思いはいかばかりかと胸が痛みます。
「あの時こうしていれば・・・」という思いは、娘が亡くなって11年経った今でも私の心の重責となっていま
す。生きている限りこの思いはずっと背負っていくのだと思っています。
子供の死を受け入れること、このことは容易なことではありません・・・。
でも、私の子供として生まれてきてくれたことは、娘との生活がたとえ短いものだったとしても、私にとっては
とても幸せな時間だったと思っています。
亡くなった日は悲しくて辛い日だけれど、お誕生日は今もお祝いを続けています。
私たちにとっては娘が生まれてきてくれた幸せな特別な日だからです。
HPを運営している中で、医師からの批判的なメールにとても疲れてしまい、お返事も出来ずにいました。
今頃になってこのようなメールを差し上げることは、上田さまのご気分を悪くしてしまうかもしれないという思
いはありますが、子供たちが小さな身体で一生懸命届けているメッセージに対して今も尚、メールをいただいて
いることに、このホームページを立ち上げた時の原点に戻ってもう一度頑張ろうと反省し、更新作業を進めてい
ます。
悲しみで落ちつぶされそうになった時に私が開く絵本があります。
葉 祥明(よう しょうめい)の「もういちど会える」という絵本です。
その中に、「たとえ、この世にいる時間が短くても、長くても、すべての子どもはその子にとって必要なだけの
時間をこの世界で過ごしていくのです」と書かれています。
亡くなった当時は、あまりに突然のことで、その死を受け入れることが出来ませんでしたが、月日が流れこの絵
本に書かれている意味が理解できるようになりました。
悲しみをほんの少しでも癒してくれるものになってくれることを願って、ご紹介させていただきます。
(高岡)
お返事ありがとうございました。私の話を聞いて、とても丁寧に答えてくだり、嬉しいです。心のこもったメッ
セージをありがとうございました。
その後、病院に電話をしてみましたが、まだ、主治医からの説明は受けていません。
淡々と医師から説明を受けることを想像したら、耐えられなくなり、もう少し、時間を置くことにしました。
娘の死について、知りたいけど、全てを知っても受け入れられない。
知りたいことが聞けずに終わってしまうことも辛い。
娘が長い時間を過ごした病院だから、先生方、看護師さんにお世話になったから、これで終わりにしたくないと
いう気持ちもあります。
まだ、病院になら、娘がいるような気がするから。
私達は、まだ、娘の死を受け入れることができません。もちろん、今は、その必要はないと思います。
看護師さんは、いつでもいいよ。と言ってくれました。
今は、主治医と話ができると分かったこと、それだけで十分です。
半年後になるか1年後になるか分からないけど、娘に会いたくなったら、病院に行って、説明を受けてみようと
思います。

No.320 [2007.2.15]
今、四歳になったばかりともうすぐ三ヶ月になる娘の母親です。
福岡に住んでいます。
今日は三ヶ月になる娘のうんちに血が混じり(二回目なのですが)症状を調べているうちに、こちらのHPにた
どり着きました。
私は正直かなりの心配性で娘が病気になると毎回死ぬのではないか。という気持ちになってしまいます。
病院の先生も多分「とても神経質な母親」と思っているだろうと思います。
でも以前に上の娘がクループになったとき近所の小児科を受診したときには風邪といわれ咳がおかしいので再度
受診してもしばらく待っても咳が出ずクループとは言われませんでした。
夜中呼吸がおかしいので救急病院に行ったら咳をしなくても、娘の呼吸の仕方(喉の辺りの凹み)泣いた時の引
いたような感じだけで、すぐに異常を感じ、咳の具合を聞いて(出るまで待ってくれました)クループの治療薬
をもらいました。
昼間に受診したところでは何も言われなかったの?と言われました。
その通っていた近所の小児科医は症状のわかりにくい子供なのに触診すらさささっと済ませ今ので何がわかった
の?と言う感じでした歩いてすぐの場所にあるので便利なので通っていましたが、娘が三歳のときに思い切って
別の病院へ移りました。
このままこの小児科をホームドクターにしていたらいつか後悔すると思ったからです。
自分が納得できる先生に見てもらうのがまず最初の入り口だと思います。
今回、心筋炎という病気、初めて知りました。
インフルエンザも脳しょうの方ばかり気にしていましたがそれだけではないのですね。
お子様を亡くされた痛み・・・想像するだけで体が震える思いです。
心筋炎のこと、周りのお母さん達に教えようと思います。
この病気の存在を知っていれば、同じような状況になったときに必ず役に立つと思います。
本当にこのHPに出会えてよかったと思います。
よく最近のお母さん達は情報が多すぎて・・・と耳にしますが、かけがえのない自分の子供のことだもの、知っ
ておかないと・・・と思います。
小児医療がこれから先充実したものになるように、そして病院の先生達が患者さんの気持ちになって発言してく
れるように、本当にそういう医療になっていって欲しいです。
主人がよく読んでいるマガジンという雑誌の中に「ゴッドハンド輝」という医療マンガがあります。
私の理想の医師の姿です。
マンガのようにはいかないだろうけれど理想が現実になればいいなと思います。
これからも活動大変だと思いますが、頑張ってください。
女 性
たしかに、今の子育ては良い意味でも悪い意味でも情報があふれているように思います。
しかし、やはり母親は一番の主治医である事には世界中変わらない事実だと思います。
子供の普段の様子が理解できてこそ「いつもと違う」というサインは読み取れるものです。
子供が成長していくにつれて、その情報が自分の子にとって必要か不要かだんだん分かってくると思います。
これは私自身の体験からの感想です。
(高山)

No.319 [2006.12.30]
高岡様、皆様方、初めまして。私は東京に住む29歳の会社員でございます。
心筋炎・・・とても恐ろしい病気です。私も先日、マイコプラズマ肺炎にかかりました。ヤフーの検索で調べた
所、合併症として心筋炎やその他の病気を引き起こすと書かれていました。幸い、何事も無く完治しましたが、
今思うととても恐ろしくなります。
私も2〜3年位前に、風邪の後、急に体がだるくなり、心臓もしょっちゅう動悸が激しく、かなりやばいと思い
検査しに行きました。でも、みんないう事は同じです。たいして検査もせず、『ただの風邪です。大丈夫ですよ
』と。でも一向に症状は改善されず、最終的には私が医師にお願いする形で血液検査等をやってもらいましたが
医師の中には『なんだ、また来たのか』こういう風にとれる態度をされたのも事実です。幸い、血液検査の結果
心臓ではなく甲状腺の疾患でしたが・・・。でも医師はもっと積極的に動くべきだと思います。私の場合は本人
が検査を申告したのでやってもらいましたが、高岡様や、皆さんが再三いつもとは違う様子を医師に申告したに
もかかわらず、全く動こうとしなかったのはどうなんでしょうか?全くと言っていいほど医師の怠慢だと思いま
す。何かあるまで動こうとしない、医師も警察も同じです。
ホームページの中の亡くなったお子様達の事を見たら、泣いてしまいました。みなさん一人一人に素敵な未来が
あったでしょうに、こんな形で全てを閉ざされてしまって・・・。この世から不治の病、助かるべき命が無くな
るなんていう事は無くなってほしい。これからのますますの医学の発展を私も心より祈念致しております。
最後になりましたが、亡くなったお子様達のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
男 性
メールありがとうございました。そして 心筋炎を知っていただき本当にありがとうどざいます。
私は8年前に可愛いさかりの長女を8歳の誕生日数日前にこの病気で亡くしました。
たった二日とちょっとのことでした。なんで?なんで?・・と言いながら8年が過ぎようとしています。
人はあちこちで心筋炎の話を学校などでする私・仕事を一生懸命する私を見て“あぁ立ち直ってよかったね”と
言います。そうじゃないのに!・・ただ 毎日生きるのが精一杯なだけなのに!
こうしていなきゃ潰れてしまうからなのに!・・と、心の中で叫んできました。
今はただ、このことで人を傷つけてしまう言葉は言わない、人に今までよりは優しくなれたはず・・と、子供の
ことで知ったことを少しずつ前向きに考えるようにはなりました。でも先に逝ってしまった子供のことを一生背
負っていくことには変わりありません。
自分ができることをゆっくりしていこう・・そう思いながら日々生きています。
どうぞ、このホームページを通じて心筋炎のこと周りの人たちに伝えていっていただけたらな・・と願います。
どうもありがとうございました。
(藤田)

No.318 [2006.12.13]
私は42歳の会社員です。
2年前より、胸部痛 呼吸苦 チアノーゼ、などで 心筋炎様の症状にて何度か救急にて入退院を繰り返してい
ます。心筋炎の症例の40歳の男性のケースと全く同症状です。
私自身、今は、自己で学び、不整脈、呼吸苦もほとんど支障なく生活できるようになりました。
その中で心筋炎の予防に又は、改善につなげることが出来たらと思いとメールさせていただくことにしました。
下記、参照にて一度お考えください。

(今までの経過)
H15年頃より、背部、胸骨の痛み出現し、臥床すると朝方に痛みがひどく目が覚めるようになる為、マットレ
ス使用し軽減したのでそのまま様子をみる。
H16.1月頃より臥床時以外にも背部、胸骨の痛み持続する。姿勢前傾ぎみとなる。早足時や階段昇ると息切
れがでるようになり、和式トイレ使用時やスクワットなどをすると胸にボコンといった一気に血液が狭いところ
通過したような何とも言えない閉塞部があるように感じる。同年3月頃より五十肩が出現レントゲン検査するも
肩には異常なし。
H16.7月 スパイロの仕方を指導していた吸気時に胸にバキと言った音を感じ、胸骨上からを押していく。
ウエハース潰したような音がする。当日、仕事場から帰宅し、テレビを見ながら夕食を摂取し終えた直後、腹部
膨満感、背部痛、左肩の痛み、呼吸困難、胸部圧迫感、動悸、口渇、喀痰が出現、血圧を測ると120/102
手のしびれはないが、過換気症候群かと暫く様子を見ていたが、血圧60/触診 呼吸苦が悪化し、口唇チアノ
ーゼ出現する為、救急搬送を依頼する。救急車内にてモニターを見せてもらうとSTの軽度の低下、血圧80/
62 SPO2 84%で酸素2Lにて搬送となる。
救急病院に着き、点滴施行後、症状やや改善。EKG施行もST軽度の低下と問題のない程度の期外収縮とのこ
とにて、プライマリー観察となり、症状軽減してから帰宅する。
それ以後、上記のような悪化した症状出現はないも背部、胸骨の痛み持続 剣状突起部の痛みが強いためレント
ゲン撮影するも軟骨部にて骨折は分かりにくいとの事。胸部レントゲンでは肋軟骨部の石灰化がひどい。
H9年 次男の妊娠中も長男同様、妊娠7週〜分娩までかなり悪阻がひどく1日20〜30回嘔吐を繰り返して
いたので、カルシウムの不足によったものかと思ったが、毎日、牛乳もとっていたし、カルシウムの不足ではな
い判断した。
五十肩の痛み、背部、胸骨の痛み相変わらず持続、早足時や階段昇ると息切れがでるようになってから右下腿静
脈瘤も悪化してきたのか痛みを感じる日が多くなり左肩〜肘にかけての痛みもでるようになる。
同年12月 7月と同様、帰宅し夕食を摂取した後に同症状出現。厚生年金病院に救急搬送され、検査入院とな
る。閉塞感様呼吸苦もひどかったので、肺シンチ・心エコー・負荷心電図施行。結果は前回同様、ST軽度の低
下と問題のない程度の期外収縮とのことで異常なしとの事。主治医に相談し、和式トイレ使用時やスクワットな
どをすると胸にボコンといった一気に血液が狭いところ通過したような何とも言えない閉塞部があるように感じ
たり、熱いお風呂に腰まで入るとどうもないが、胸〜首まで一気に入ると同様に胸にボコンといった一気に血液
が狭いところ通過したような何とも言えない閉塞部があるように感じ不整脈が出現すると説明、
下腿静脈血管造影・腹部(E)CTとなる。何れの検査も造影剤注入直後に胸にボコンといった一気に血液が狭
いところ通過したような何とも言えない痛みと不整脈、が出現しましたが結果に異常がなく更年期障害とのこと
にて退院となりました。
それ以後も、息背部、胸骨の痛み持続し、肩こりもひどかったし、仕事、家庭とかなりストレスもかかっていた
ので交感神経優勢状態もあり肩こりからトリガーポイント形成循環不全を引き起こしたと自己判断し、マッサー
ジ・鍼灸療法・市販の桂枝茯ュ丸料を服用し自己治療・観察開始しH17.4月まで続ける。息背部、胸骨の痛
み持続し、肩こりも軽減。胸部圧迫感も楽になるも不安続く。 同年7月10日 職場からの帰り、一息つき、
冷たいジュースを飲んだ直後に同症状出現。点滴施行 安静にて様子を見るも呼吸苦(息が半分くらいしかでき
ない。)も症状も軽減みられず。前回より、検査しても異常がないなら、以前よりあったOP適応サイズの子宮筋
腫が圧迫し悪さをして循環不全が起きているかと 婦人科Drに相談7月17日OP待ちとなる。
7月12日入院準備品購入、坂道を自転車にて走行中、強度の胸部圧迫感あり、帰宅してからは、起立し寝るた
びにスクワットなどをすると胸にボコンといった一気に血液が狭いところ通過したような何とも言えない痛みと
胸部圧迫感がひどく、トイレすら行くのもたいへんとなり、微熱も出て悪寒が出現、さらに悪化し、
7月14日婦人科へ入院となる。EKGではかなり期外収縮があったので、麻酔科のDrより負荷の依頼があり
施行し、循環器受診、OP可能とのことにて7月17日OPとなる。
OP以後、症状の軽減はなく心エコーする。施行時もクーラーにて悪寒、ジェルを塗った直後に更なる悪寒とと
もに胸部圧迫感と動悸するが、問題ない期外収縮との事。 ホルダーEKG施行も問題ない期外収縮の数との事
にて退院する。理由が分からないままほぼ自宅で寝たきり状態となる。
周囲からも気の問題と夏休みに予定していた富士旅行へ行ってみることにしました。
この時の症状は、食べると腹部膨満感がひどく呼吸困難がおこり食事もおかゆ程度しかとれず、14日間程で8
キロの体重減少し、左肩の痛み、胸部圧迫感にて軽度歩行困難状態、動悸、口渇、喀痰が出現咽頭閉塞感あり、
不眠状態でした。
不安のまま旅行へ出かけましたが、増悪させる要素と感じていた車内のクーラー・夏場にて冷たい飲み物しかな
く・車内のタバコの煙で、気圧などでますます悪化し、立つ事すら出来ず、宿泊先にて低血糖を引き起こし帰宅
した翌日に、強度の胸の圧迫がある為、8月9日に厚生年金に救急搬送され心カテーテル検査をしていただきま
した。結果、冠状大動脈、心筋に異常はなく、主治医の先生から心臓に関わっている神経がストレスになどによ
り悪さをしていると親切に説明があり、精神科受診を進められました。
精神科の先生と現状の悩みやストレスなどいろいろ話しをしたところ、精神的には問題はないので再受診の必要
なしとのことにて、デパスのみの頓服服用となりました。
デパス1gを服用したところ、症状は軽減し呼吸も楽にはなりましたが、ふらつき感が強い為、0.5gにかえ
ましたが、眠いので症状が軽減するにしたがって、0.25gに減量し様子を見てました。デパスの効果は3〜
5時間で切れるのか、5時間毎に定期的に服用をし、8月21日より、不安ではありましたが、仕事場へ復帰し
ました。 出来るだけリラックスをと心がけましたが、デパスの効果が切れるのか服用後5時間くらい経過する
と肩がこり、背部の張り、呼吸苦 胸部圧迫感が持続していました。特に食後は血流低下が起こるのか、症状悪
化がみられました。心カテーテル検査後に医学的に治療しようがないといわれ、デパスを服用しながら、肩こり
治療、交感神経優勢かとアセチルコリン低下なども疑いイチョウの葉エキスや漢方などを服用し、なぜ?との疑
問だけをいだき未来に起こりえる大きな病にと不安を抱き病院に行っても精神科以外に行き場がないと判断し自
己治療してきました。
H18.2月、肩がこると症状が悪化しやすいので肩こりにと聞いていた高電位治療(ヘルストロン)に足を運
びました。調べるとヘルストロンはNa.K.Ca電位の移動があるようだったので、すすめられるがまま、イ
オン化カルシウムを飲み高電位治療を行いました。結果、呼吸苦が劇的に改善し、交感神経、カルシウム電位な
どあらゆることを調べました。そして、自分の食生活、症状とビタミンD中毒の患者と似ているのでは?の疑問
を持ちカルシウム不足から起こるカルシウム バラドックスと疑問をもちました。
そして、私自身もその患者様と同様に胸部レントゲンのカルシウム石灰化がひどかったのでカルシウム不足から
きたものかと吸収率の良いカルシウムと聞いた乳酸カルシウムを毎20錠 1日60錠(700mg)、6月よ
り摂取したところデパス服用回数が減りました。7月には症状はほぼ改善傾向へと向かいデパスを服用すること
は、ほとんどなくなりました。
その後、カルシウムを飲みだし、体調はよくなりましたが、まだ、何かが急激に不足しているように感じていま
した。
そんな時にアミノ酸の本と出合いました。
アミノ酸を摂取しだし、不整脈はほぼ消失し、かなり体調が良くなりました。
アミノ酸摂取後、1ケ月高熱が出ました。
非常に怖く、アミノ酸の体内消費をされる炎症が起こりやすいと思い多量に飲みました。
熱は、数時間後に解熱し、嘘のように体調がよくなり、翌日より出勤しました。
熱が出た後もハードな生活。 ストレスがかかる生活を続けていたある日、再度 胸部痛 呼吸苦 チアノーゼ
などで 心筋炎様の症状にて 検査を受けました。
EF(駆出率)は、73〜62までに低下。
白血球上昇。下大静脈はやや大きいとの事で症状が落ち着いていたら、今は、手の打ちようがないということに
て帰宅。恐怖でした。
しかし、高熱によりアミノ酸 カルシウムが枯渇し、自律神経が過敏となり心臓に悪さをしているのかと再度、
デパスを飲み、カルシウム増量、アミノ酸を増量しました。
その後、症状は消失しました。

(現在、感じること) 

現在の食生活では、アミノ酸 カルシウムが枯渇しているように思います。
その中で、子供〜大人に至るまで自殺、切れる、いじめ、流産、神経症状、登校拒否、めまい高脂血症、糖尿病
高血圧、夜更かしする子供などさまざまな症状が出ているかと思います。
私自身は2年半に渡り本当に苦しみました。
しかし、今は、私がきづかなければ 子供が心筋炎を起こしていたかもしれないと感じる時もあります。
カルシウム電位は細胞にスイッチをいれます。
車に例えるとエンジンを積み込みます。
イオン化しやすいカルシウムで私の体内の車は走りだしたのかデパスを飲まず症状改善しました。
しかし、ガソリン、オイル (アミノ酸・ビタミン・ミネラル・亜鉛など)が不足しだした体はストップし症状
は逆もどり、特に体を動かすとか重たいものを持つとひどくなるため総合アミノ酸以外に一酸化窒素の発生に関
与するアルギニン 筋肉に関連性のあるグルタミンをとりました。
アミノ酸はカルシウム電位がないと体内では動きにくいと感じています。
病院の医師にも相談しましたが、に関しては興味がないようです。
現在、アミノ酸 カルシウム ビタミン摂取後、子供達も元気になり、熱を出さなくなりました。
アトピーで苦しんでいた犬も改善しました。
アミノ酸が枯渇すると 自己免疫が低下します。熱がでると、体内でのアミノ酸が消費されるようです。
風邪などで枯渇すれば、心筋炎を引き起こす要素にもなるかと感じ、少し不安ながら生活して様子を見ています
一度、参考にしてみてください。
男 性
ご自分の身体、体調を本当によく知りつくしていらっしゃるのですね。
最終的に自分の内なる身体の声に耳をすまし応えられたその強さに感服しました。
いろんな意味で不安、疑問がつきまとうと思いますが、これからも頑張って下さい。
(高山)        

No.317 [2006.9.7]
やっと心筋炎についてネットで調べる気になり、HP拝見しました。
1歳の娘が心筋炎になり、3ヶ月の入院の後、やっと退院しました。
やはり、みなさんと同じように近所の小児科で気管支炎の診断を受けました。実は肥大した心臓が肺を圧迫して
ゼイゼイ呼吸困難になっていたのに、兄も喘息があるので、決めてかかり、気管支拡張の吸入を受け、その最中
にけいれん、心停止を起こしてしまいました。
蘇生を行い、一命は取り留めましたが、意識のないまま、救急車で総合病院へ…。レントゲンをとり、心臓が肥
大して心不全を起こしていると判りました。
人工心肺の必要性が高いとその日のうちに国立小児病院へ転院。
ICUで人工呼吸器を付け、麻酔で寝ている娘の横でとにかく必死でした。幸い、人工心肺をつけずに済みまし
たが、投薬の効果がなかなか現れず、2度のグロブリンと免疫抑制の為、ステロイド治療を行いました。
ゆっくりながらも徐々に回復し、現在は飲み薬と水分制限の元、月に一度の通院で自宅で過ごせるようになりま
した。
娘の生命力とまわりで支えてくれた人たちに感謝します。でも、後悔も残ります。どうしてもっと早くあの子の
サインに気づいてやれなかったんだろう。どうしてあの病院に行っちゃったんだろう。
そして、やはり納得がいかないのは、最初の小児科で何故、わからなかったのか?ということです。
地元で先代から続く小児科で、大先生の診察でした。駆けつけた救急隊員も左肺の音がしないと言い、入院当時
脈拍は200を超え、肝臓も肥大。診察で気づいてくれていれば、心停止せずに済んだのでは?と思ってしまい
ます。
別な病院の医師に「心停止したのが病院だったから救命できたと考えたら。」と言われました。そうかもしれま
せん。家だったら、親は救急隊が来るまで何もしてあげられなかったでしょう。だから、命を救ってくれたと感
謝しろというにでしょうか?見過ごしは、仕方のない事なのでしょうか?
これから市民オンブズマンの所で相談をしようと思ってます。HPを見て励まされた気がします。
女 性
娘さんは1歳と小さかったのにうまく命がつなぎとめられたこと本当に何よりでした。何かが一つでも一秒でも
うまくかみあっていなかったらと思うと言葉もありません。どうか、救われた尊い命が健康になっていかれるこ
と、元気に育っていかれることを願ってやみません。見過ごせれたお医者さんも今回のことで認識を新たにされ
たのではないでしょうか。たくさんの医者が心筋炎の知識と適切な救急処置を身に付けていただきたいし、もっ
とたくさんの方々にこの病気のことを知ってほしいです。
(古川)

No.316 [2006.8.30]
今日、次男2歳が、発熱と共に腹痛を訴え、受診しました。
心配だったので、色々調べているうちに、このホームページにたどり着きました。あまりの衝撃に、言葉を失い
ました。
凄い恐怖が全身をよぎり、目をそむけたい一身でしたが、我が子にも起こり得るかもしれない、現実に背を向け
てはならないと思い、最後まで、読ませて頂きました。
「心筋炎」・・・
子を持つ親は、一人残らず、知っておくべきだと思いました。
このホームページが、全国の人たちに、波動を起こすよう、我が子の主治医をはじめ、沢山の人に伝えていきま
す。
私は、最近ブログを開設しました。訪問者が少なく、医療には全く関係のないものですが、リンクお願いできま
すか?
時々、医療ミスなどで、カメラを前に頭を下げる医師達を見ますが、腹立たしさと、悲しみと、不安と・・・現
実・・・凄く複雑な気持ちになります。
ニュースになるのは、氷山の一角、知らないだけで、身近でも起きているであろう現実を、一人でも多くの人に
伝えたいです。
よろしくお願いします。
最愛のお子様を亡くされた皆さんの、苦しみや悔しさを思うと、身を切り裂かれる思いです。涙があふれて止ま
りません。
どんな言葉をかけられても、癒される事はないと思いますが、前向きに頑張って欲しいです。
ご家族の方が幸福になることが、お子様への最大のご供養になると思います。
このホームページは、お子様達の生きた証!
このホームページで、助けられる生命が、必ずあります!
女 性
HPを通して皆様方に私たちの思いを伝えることが亡くなった子供達から与えられた仕事と思っています。
個人的に申し上げますと、娘を亡くしてから10年過ぎましたが、あの時の辛さや悲しみは忘れることも消える
こともありません。
ただ、誰のせいで何のせいで病気にかかったとか、あの時こうしていれば・・・という“犯人捜し”をする気持
ちはありません。
時間が過ぎると共に病気になったのは運命だったと思うようになりました。
ただ病気にかかった時にあきらめず最善を尽くせるよう努力することを怠ってはならないと思うのです。
小さな子供の命を救うのは親とお医者さんの連携プレーです。
親は子供(特に小さな子)の代弁者であり、日頃からいかに我が子を観察するか・・・異常を感じたら、たとえ
「大げさだ」とか「神経質だ」と言われようとためらわずにお医者さんに伝えること。それが私たち親の役目だ
と思います。心筋炎に限らず、世の中にはまだまだたくさんの重篤な病気があります。
だからこそ治せる病気からは親やまわりの大人が懸命になって子供たちを救おうとしなければならないと思うの
です。
(南)

No.315 [2006.7.28]
はじめまして、突然のメールお許しください。
おととい、僕の弟(13歳)が深夜に「胸が痛い」と言い出し、病院に行ったところウイルス性心筋炎の可能性
があると診断されました。
現在の症状は何もなく元気です、市立病院に入院しているのですが、検査のみで何も治療していません。元気だ
からといって安心できない病気というのはわかっています。
異常があるのは血液検査で言われたウイルスの値が大きいということだけでした、しかも初日より大きくなって
いるらしいです。
僕は何もできずにこうやってただメールを書いているだけなのですが、弟が心配でなりません。
男 性
メールをいただきありがとうございます。
お兄さまとして弟さんのことを思う気持ちに胸が熱くなりました。
ご心配ですよね・・・。
でも、ウイルス性の心筋炎の可能性があると診断を受け、今入院をされているということなのできっと先生方は
最善の治療や検査をしてくださっていると思います。
つい最近、お世話になっている小児科の先生からお聞きしたのですが「胸が痛い」と言って受診してきた子供の
心電図検査を行ったところ、心電図に異常があり入院の上経過観察を行ったそうですが、特別な治療をしないで
完治したそうです。
今はやはりご心配の方が大きいと思いますが、先生方を信じ弟さんの1日も早い快復を願い励ましてあげてほし
いと心から思います。
私たちも弟さんの1日も早いご快復を心からお祈りしています。
(高岡)
御返信ありがとうございます。
診断はやはり心筋炎でした。でも軽度のものだそうです。様態が急変することもまずないそうです。     
なにより本人が普段と変わらず元気なのですこし安心しました。
これからも気を抜かず戦っていきます。
ありがとうございました。
男 性
本当によかったです。
健康な人を突如として襲うこの怖い「心筋炎」という病気が、もっと多くの人に知ってもらえるように微力です
が、これからも声を上げ続けていきたと思います。
弟さんが1日も早くご退院されることをお祈りしています。
(高岡)

No.314 [2006.7.20]
はじめまして。私は、生後5ヶ月のかわいい長男を亡くしました。
まだ1ヶ月経たないので、未だに嘘の様です。
病院は、死亡原因をはっきり言わずに、分からない。と言うばかりです。
ただ、私たちは息子の入院中の症状、開示してもらったカルテ等から診断ミスと強く疑っています。
病院との話し合いを持ちましたが、納得のいくものではありませんでした。
病院を信じ、医者、看護婦を信じて託したのに、どうしてこんなにあっという間に息子は死を選ばなければなら
なかったのでしょうか。
息子は、あの時どこが痛くて泣いていたのか、私に何を望んで泣いていたのか。
真実が知りたい、息子にちゃんと謝ってほしい。そう思います。
高岡さん、さあやチャンのたたかいを、しっかり目に焼き付けてこれから何をするべきなのかを考えていこうと
思います。
沙彩チャンが、天国でしあわせでありますように・・・
女 性
信頼し、信じていた病院の裏切り。
沙彩を亡くした当時の私たちは、とにかく何が沙彩の身に起こったのかを知りたかったのです。
時間の経過と共に悪化していく沙彩の病状を必死で訴えたのに、なぜ、「神経質な母親」と叱られ真剣に聞いて
もらえなかったのか・・・「沙彩を苦しめるために入院させたのではない。医師に命に別状がありませんと言わ
れ心の底から安心したのに・・・」
真実が明らかになるまで、7年4カ月もの月日がかかりました。
入院時だけではなく、病院との話し合いの最中も裁判中も病院の信じられない数々の裏切りに振り回されてきま
した。
真実はただ一つしかありません。
出会った医師や看護師の熱意や努力によっていとも簡単に左右されてしまう人の命。
病院は家族にきちんと事実を話すべきだと思います。その上で起こってしまった事実から目を背けず、今後につ
なげる医療を全力を挙げて取り組むべきだと思います。
事実が明らかになるまで7年4カ月の年月を要した私たちにとって、患者側が一つ一つ立証していかなければな
らない「裁判」という形ではなく、もっと最短な道があると思っています。
私たち患者は決して「闘う」ことが目的ではないのですから・・・
泣くことで一生懸命苦しさを訴えていた息子さんを思うと胸が締めつけられる思いです。
ご両親の悲しみや苦しさは言葉には出来ないと思いますが、天国で子供たちが息子さんを囲んで笑顔でお世話し
ていてくれる・・・そんな風に思いたいです。
(高岡)

No.313 [2006.6.7]
はじめまして。
去年の10月30日に長男 開人(5歳)を心筋炎で失いました。
あの時、私たちは家を探していました。来年、小学校に入学する長男のため、というのが大きな目的だったので
毎週末おばあちゃんに面倒を頼んで、探しに行っていました。
7時過ぎに家に帰ってきてから、8時頃そろそろお昼寝から起こして晩御飯食べようか、といっていたのですが
長男はそのときにはすでに息を引き取っていました。
前日も、当日も体の不調を訴えることなく、普段とかわりなく過ごしていたのに、あまりにも突然で理解できま
せんでした。
司法解剖の結果、3ヶ月後に心筋炎という病気にかかっていたことを知らされました。
そんな病気があるなんて知りませんでした。
知らなかった、ということと、子供の異変に全く気がつかなかったこと、いろいろ悔やみましたが、今でもどう
してよいのかわかりません。
病名を知ったときからこのHPの存在は知っていました。
病気が、非常に稀であること、でも、この病気は死に至る可能性があること、等考えると、みんなが知っていて
ほしい病気だと思っています。
そして、治療方法が確立することを願ってやみません。
こんな思いを誰にも味わってほしくない、という思いでいっぱいです。
この会が今でも活動しているのかわかりませんが、メールさせていただきました。
女 性
ご長男のこと、本当にお辛いことでした。同じ思いをする人がいなくなることを願ってやまないのに、しんどい
ことです。私もそうです。いつもと違うと感じながらもどうしてやることもできず、あっけなく目の前で3歳の
我が子を亡くしてしまいました。自分責める毎日が続き気がおかしくなってしまいました。長い年月を通して我
が子の死を受け入れていきました。天使の会のお母さんたちと出会えたことで、生きる勇気をもらうことができ
ました。我が子に謝るばかりではなく、「ありがとう。」「お母さん、がんばるから天国で待っていてね。」と
思えるようになりました。どうかご自分のペースで少しずつ前に進んでいきましょう。多くの人に心筋炎を知っ
てもらうこと、適切な治療法ができること、どの病院でもどの医者でも助けられること、願ってやみません。

                                              (古川)

No.312 [2006.5.30]
初めてメールさせていただきます。
5/8 14:58あと2日で1歳になる娘を心筋炎で亡くしました。
絶望の中、心筋炎についての情報を調べていたところ、こちらのHPをみつけました。
心筋炎という、聞きなれない症状でしたが、同じように子供さんを亡くされている方がたくさんいらっしゃる
ことを知り、とても参考になりました。
娘、日奈子の体調の異変に気づいたのは5/4晩でした。ケンケンという変な咳をしはじめ、この冬に引いた
風邪の咳と似ていたため、風邪引かせてしまったなあ、と思いました。
次の日、熱が38.0あり、GWだったので休日診療の病院で診察。喉が腫れているのでこの冬もらったのと
同じような風邪シロップを1日分処方、家で飲ませました。
5/6小児科を受診。昨日と同じような診察結果で、3日分処方。
家で飲ませるものの、嘔吐してほとんど飲めていませんでした。
5/7少し熱も下がり、楽そうにしていたので、ほっと一安心。
3日ぶりにパパと一緒にお風呂に入りました。
今思えばこれが最後のお風呂タイムでした。
そして、5/8,昨晩は咳き込んで寝れないのかたびたびぐずって泣いて日奈子も私もほとんど眠れていませ
んでした。朝11時過ぎに寝入ってしまったと、目を覚ますと晩と変わらずぐずぐずいって目を覚ましました。
昨日とは違い、ぜえぜえととても息苦しそうにしています。また、近所の小児科にいっても同じ薬だし、前回
の風邪の時に良くなった耳鼻咽喉科に連れて行くことにしました。診察してもらった際に、【お母さん、少し
チアノーゼがありますよ。今日中には必ず小児科にかかって下さいね。】といわれ、耳鼻咽喉科を出るときに
は、日奈子はぐったりとしていました。その時点で12時30分前、かかりつけ医は12時までだし、帰り際
にある小児科もあいていませんでした。
その日は日奈子は夜泣きがひどく、小児バリに通っていた予約が12:30。。。
この状態で行くべきか、どうしよう。。。ぎりぎりまで迷いましたが私は小児バリに行く選択をしました。
ハリの先生に診せると、【お母さん、これは普通の風邪じゃない、手足が冷たすぎる!救急に行って見て貰い
なさい!】といわれ、15分で行ける救急病院に連絡、車を走らせました。
チャイルドシートに乗った日奈子を信号待ちで何度か振り返り様子を見ましたが肩で息をして苦しそうでした
そして、駐車場に停めて車から連れ出し抱き上げたその瞬間、日奈子の首、そして体は完全に力を失っていま
した。受付で名前を言って、保険証を・・・などと女性がもたもたと対応するので【はやく診てあげて!】と
いってみせた日奈子の顔は既に視点が定まらず、顔色もありませんでした。女性は急いで救急外来に案内、看
護士の方に診せた瞬間、【これは、あかん!先生!】と叫び、私の目の前で蘇生を始めたのです。
私は、呆然とその光景をたたずみ、見つめることしかできませんでした・・・。
【なんで?ひなは風邪引いてるだけなのに、なんで人工呼吸してるの?電気ショックする必要あるの?こんな
にたくさんの人が寄ってたかって、ひなに何をしているの?】
先生の一人は、【お母さん、こうなった経緯を教えて!情報が欲しいから!】と言われた瞬間、私は倒れてし
まいただ【娘は助かるんですか?】を連呼していました。でも、【助かるよ】と返してくれるスタッフの方は
一人もいなくて・・・。【娘さん、頑張ってるから、お母さんも頑張り!】と手を握ってくれるだけで・・。
頼むから、助かるっていって!そういい続けていました。
看護士さんが主人に連絡、むかっているその間も隣で蘇生処置は続いています。
除細動ショックでしょうか、3分ごとに脈を確認する声が聞こえます。
【右静脈ふれません。左もふれません。】
その声を聞くたびに、【お願いやから、戻ってきて!】祈ることしかできませんでした。
日奈子の胸のレントゲンができたのでしょう、医師の方が【あーこれは・・・。】と言う声が聞こえ、私が呼
ばれました。医師からは【娘さんの心臓は、お母さんが連れてこられた時点で止まっていました。蘇生を続け
ていますが、動いてくれません。レントゲンの結果、肥大性心筋症と診断します。
ごめんなさい、お母さん。今の医療では娘さんを助けることはできないんです。】そう私に告げました。
そこから、私は混乱状態、何分かすると心のケアができる看護士さんが私につきました。
ありがたいことだったのですが、その方が来た瞬間、【日奈子は死ぬんだ。】と思いました。
主人が到着、先生から同じ説明を受け、何度も【ひな。ひな。】と呼んでいました。
でも、戻ってはきませんでした。医師より【蘇生を続けて2時間経過しました。これ以上続けては娘さんが可
哀想です。蘇生をやめてもいいですか?】といわれました。
私の腕に抱かれた日奈子はまだ暖かく、今すぐ目をあけてくれそうな笑顔でした。
【14時58分。死亡確認しました。】まだ暖かく、こんなに笑ってくれているのに・・・。
この日のことは、目を閉じるたび思い出し一生忘れることはできないです。
8日の一日の私の行動を悔やみ、なぜ小児科に朝から連れて行かなかったのか、耳鼻科から連れて行けば、小
児バリに連れて行く場合じゃなかったやろ・・・。
ぐるぐるぐると後悔、ただひたすら後悔でした。最後、救急病院をあとにする時、【たとえ朝からこちらで受
診していたとしても、ウイルスが入ってしまったらどうしようもできない病気です。前日に診察していても結
果は同じだったでしょう。】そういわれました。
まだ、娘を亡くして3週間。毎朝起きるたびに隣にいてくれたら、と思いますが日奈子はいません。
思えば、結婚して6年目、不妊治療の末の妊娠、出産。夢のような日々でした。
初めての育児に悪戦苦闘し、なんて手のかかる子なんだろう、とイライラしてしまうこともありました。おっ
ぱいがダイスキでいつも私の服をしっかり握りながら飲む姿を懐かしく思いだします。もっと遊んであげれば
よかった。だっこしてあげればよかった。私はあなたにとっていいお母さんじゃなかったね、ごめんね、とい
う思いでいっぱいです。
長々となってしまいましたが、こちらのHPを拝見してとても心筋炎という病気が理解でき、同じ悲しみを抱
えながらも懸命にがんばっていらっしゃる事がわかりまだ少しですが前向きになれるきっかけになりました。
本当にありがとうございます。そしてこのHPを通して一人でも多くの人にこの病気を知って頂ける事を願っ
ています。
女 性
拝見して、自分の事が鮮明によみがえり涙が止まりませんでした。
「ただの風邪」そう信じていたのに・・・。
前回の風邪は治ったのに・・・。
日常生活にあるあたりまえの事から一転この残酷な事実は受け入れるには酷すぎます。
どうか無理をなさらず、日々過ごして下さい。
気持ちを文章にする等、自分の心と向きあう事は少しだけどもきっとためになると思います。
(高山)   

No.311 [2006.5.27]
以前も、メールした事があるのですが・・・
またメールさせていただきました。
子供が熱を出すたびにこちらに着ては涙しています。
昨晩から娘3歳39度今40、1度・・・・・咳有り!!
ただの風邪だと思うのですが主人が長期出張なので不安になりメールしました。
熱が高いことは余り問題ではないと思います。
が、此方のHPをご参考にさせていただいて経過を見て行きたいと思います。
私自身10数年前にリウマチ熱に掛かりました。
その時の診断は風邪でしょうのことでした!!
関節が痛く抗生剤を切らせると熱が再び上がると言う事を1年間続けてきた挙句弁膜症になってしまいました。
何度も変なんです、関節が痛いんですと言ってもすぐよくなるからと・・・
リウマチ熱の後遺症は10数年かけて弁を破壊する厄介な病気です。
今かかっている循環器の主治医がリウマチ熱ですとはっきり仰っています。
医師達の概念にはリウマチ熱は子供の掛かる病気と思っていますがそうではないのです。
心筋炎と同様まだ注意が必要です。
心筋炎同様(他の病気も含めて)医者はもっと勉強して下さい。
お願いです。
医師免許を持っておられるのですから。
悲しい事はたくさんです!!
何故私がこのようなことを書くのか親である前に血の通った人間です。
裁判中のかたがたもいらっしゃれば、裁判が終わった方もいらっしゃいます。
が、亡くなった1個人の人間は戻ってきません。
裁判の長い道のり・・・・
私には想像も付きません!!
裁判中の方、裁判終わった方ご苦労様です。
また娘の経過をご報告させていただきます!!
3歳の娘を持つ主婦
子供が病気になれば、本当に不安になります。私自身「もっとしっかりしなければ!」と思うことは度々です。
「病院に行けば安心」そんな思いもあれば、「私は自分が安心したいが為に、不必要に病院に行っているのかも
しれない・・・」「どうして私の不安をわかってくれないの?」「やっぱり、そうだったじゃないの!」心の中
をいろんな言葉が駆けめぐります。
いろんな思いに襲われますが、いつも思うのは「この子のこと一番知っているのは私」なんだということ。
迷惑と思われようが、不安をぬぐい去るために病院に向かっている私がいます。
(高岡)

No.310 [2006.4.18]
素晴らしいホームページですね。
先日、○○高校の選手が同じ病気でこの世を去ったのをきっかけにどんな病気なんだろう?とこのホームページ
にたどりつきました。
私の子供も7歳の時に、腸ねん転、腸閉塞を繰り返し3度の手術をしました。
3度目の手術のあと1週間何もたべていない自分がいました。
皆さんの苦労にしたら比べ物になりませんが、子供の病気というものは母親にしたら本当に大変なことです。
彼方はお子様を亡くしたにもかかわらず、悲しみを乗り越えて人様のことを考えて頑張っています。
本当に頭が下がります。
これからも体に気をつけて明るく生きて下さい。
きっとお子様も天国でお母さんのそんな姿を見ていると思います。
手術の後6年間運動もできなかった私の子供も今年26歳になりました。
生かされていることに感謝しています。
孫ができたら風邪をひいたりするでしょう、その時少しこの病気の事を頭に入れておきます。
本当にいいホームページに出会えた今日、素晴らしい1日になりました。ありがとう。
男 性
高校生が心筋炎で亡くなったとのこと・・人生半ばで本人もご両親もどんなにお辛かったことでしょう。
うちも八年前8歳間近の長女を劇症型急性心筋炎でなくしました。生きていたら今年高校生になるはずでした。
節目節目に生きていたら何歳に・・何度思ったことでしょう。
恐らく一生、このように数えていくのだろう・・と思っています。
病気・事故・事件で子を先になくしてしまった人たちはみな同じなのではないでしょうか。
このホームページを知ってくださったことが私たちには何よりのこと・・どうか子供さん・お孫さん・周りの方
たちに心筋炎の怖さを伝えていっていただきたいと思います。
どうもありがとうございまいました。
(藤田)

No.309 [2006.4.10]
今年の1月に劇症型心筋炎で10歳の男の子を亡くした母親です。
風邪から「胸が痛い。」と言う息子に時間外の休日診療所で「風邪」と診断され1日分の総合感冒薬と解熱剤を
処方されて翌日の昼に急変して、顔面蒼白で手足が冷たくなり救急車を呼び搬送中に痙攣を起こして病院に着い
たときには心肺停止状態でした。そこから人工心肺の装置を付けて約1週間ICUで頑張りました。
風邪のはずなのに何で心臓マッサージを受けてるのだろう?風邪からウィルスが心臓に入り「心筋炎」になった
と救命の先生が説明してくださいました。「心筋炎」という病名も初めて聞く病名で、インターネットでいろい
ろ調べこのホームページにたどりつき私達と同じ悲しい想いをしている方がいたこと。「心筋炎」が稀な病気と
言われても納得がいかず未だにもっと早く気づいてあげれば・・・と懺悔の毎日を送っております。
健康で今まで一度も心臓が悪いと言われたことがないあの子がどうして?何でウチなんだろうと・・・苦しい日
々を送ってます。
どうか「心筋炎」という恐ろしい病気があることを風化させないように、このホームページが一人でも多くの人
に知ってもらえることを願います。
36歳母
息子さん、1週間もがんばられたのに、本当にお辛いことでした。同じ思いをする人が一人でもいなくなります
ようにと願い続けているのに、しんどいです。私も心筋炎という病気さえ知らず、治るにちがいないと信じてい
ましたが、あまりにもあっけなく私の目の前で亡くなってしまいました。何でうちの子なんだ、、、何で心臓に
ウイルスが、、、どうして、もっと早くに適切な処置をしてやれなかったのか、そんな医者に出会えなかったの
か、親として情けない気持ちで、自分を責める毎日でした。天使の会で同じ思いをされているお母さんたちと出
会えたことで、何とか生きる勇気をもらってきました。長い年月をかけて、少しずつお母さんがんばるから天国
で待っていてねと思えるようになりました。どうか、ご自分を責めないで少しずつ少しずつご自分のペースで前
を向いていきましょう。一人じゃないですから。
(古川)

No.308 [2006.3.22]
突然のメール申し訳ありません。
親戚が劇症型心筋炎で入院しまして、調べているうちにこのHPを見つけました。
現在入院三日目なので、生死はまだはっきりしない所で予断を許さない状況のようです。
見せていただき子供にも多い病気だと言うことを知りました。
これから子供のできる私としてはもっとこの病気を知って頂きたいと思い、自分のブログにリンクを乗せさせて
頂きます。
どうぞよろしくお願いします。
女 性
ご親戚の方が劇症型心筋炎を患われたのが1年前。
私共のHPにメールを頂いた時は、ご入院3日目で、予断を許さないという状況にあられましたが、その後いか
がなされましたでしょうか。
その時は、病気がどのようなものか、そして一体どうなるのか、ご家族の皆様方にはとてもご心配されたことと
思います。
劇症型心筋炎を発症していながら、何の病気であったのかもわからないまま、娘を亡くした私としましては、何
としてでも、ご親戚の方が助かっておられる事を願って止みません。
(南)

No.307 [2006.3.18]
私は、結婚1年で授かったのですが、喜びもつかの間流産してしまい、5年後にやっと待望の赤ちゃんを産む事
が出来たのですが、たった6ヶ月で私の娘は心筋炎で死んでしまいました。
それからは、怖くて子供が産めません。欲しいとは思うのですが、また同じ事があるのでは,と、思ってしまい
ます。皆さんは、いかがですか?
女 性
読ませていただいてすごく私と重なるものがあるな、と感じてしまいました。
90年5月に最初の子・女の子を死産、91年長女として誕生した子が小学二年生で心筋炎で亡くなりました。
怖いですよね、今次女・三女が元気にいてくれていますが、ちょっとした熱・嘔吐にも過敏になってしまいます
。これは誰にも分かってもらえないと思います。ただ、あの子が亡くなって8年たって、きっと亡くなった事に
意味があったはず・・そう思えるようになりました。心筋炎を少しでも多くの人に知ってもらう、残された妹た
ちの健康に気をつけてあげて〜そういうことを教えるのが、短かったけれどあの子の指名だったのかもしれませ
ん。それしにても、あまりにも厳しい現実・・乗り越えること、割り切ることなどできるはずもありません。
泣きながら、笑いながら毎日をできることをただして淡々と送っている・・そんな私です。偉そうなことばかり
ですみません。
(藤田)

No.306 [2006.3.7]
私のお母さんは今年の1月9日に劇症型心筋炎で死にました。47歳になったばかりでした。
やはり2、3日前から風邪をひいていました。
新年、一緒にカウントダウンしたのに…。5日、バイト先まで迎えに来てくれたのに…。6日、仕事に行ったの
に…。7日、お笑い番組見て笑いあったのに…。いきなりこんなことになって、まだ信じられません。
8日、どうも調子悪いと医師会病院に行き、点滴して帰ってきました。その日私は彼氏と遊ぶ約束をしており、
家を出る前お母さんが「医者が、バニラアイスはすっと喉に入るし、カロリーも高いけん、えぇ言よったけん、
行く前に買ってきてくれん?」って言いました。私はアイスを買って出ていきました。なぜか遊んでいる途中に
頭が痛くなりました。これは虫の報せだったのかもしれません。早めに家に帰り、彼氏も私の家に寄ることにな
りました。帰ってみると、お母さんは横になっていました。調子悪そうでした。深夜、彼氏を見送った後、台所
に行くとお母さんは吐いていました。
9日、朝遅めに起きたら、弟が「お母さんはお父さんとまた医師会に行った」と言いました。もう1人の弟は成
人式で、早めに家を出ていました。
なかなか帰ってこないので弟が「先に昼ごはん食べとく」って連絡した時には「お母さん点滴うったら腰痛い言
うて叫び出した」とお父さんは言いました。私は弟と一緒に「入院するんかね?」と言い、まさかの事態になる
とは考えていました。
昼ごはんを食べ、ゆっくりしていた時にお父さんから電話がありました。 「お母さんもうだめじゃわ…国立来
て…」
医師会では設備が整ってないため、国立病院に運ばれたそうです。
運ばれている時にはもう脳死状態。成人式を迎えた弟、そして私たちが着いたときにはもう意識もなく、心電図
をつけられ、酸素を送られている、テレビドラマで見ているような光景でした。そしてPM2:41…死亡。
点滴をしている途中「腰が痛い」と叫び出し、鎮静剤を打たれ、落ち着いたかと思ったら、また叫び出したそう
です。私は医者の話をまともに聞ける状態ではなく、お母さんのもとにいました。後から聞いたところ、空白の
時間があったそうです。そこでもっと早く処置されていれば助かったかもしれません。休日なので、医師会は当
番制で町医者が来ていました。
8日と9日では医者も違います。引継ぎもちゃんと行われていなかったようです。
「何で早く分からんかったんか?」という問いに、国立の先生は「風邪だからと言って隅々まで調べませんよね
?」と言ったのを私は忘れません。
劇症型心筋炎という名で片付けられたとしか思えません。
解剖結果が印刷された紙が1ヵ月後送られてきました。死亡者名にお母さんの名前が書かれフリガナを見てみる
と…マサコ…。私の母は昌子と書いてショウコと読むのに…。この時点で「病院の言うことは信じれん」と思い
ました。
弟の晴れ姿を見ずに死んだお母さん。
通夜の日はお父さんの50回目の誕生日。3月1日は高校生の弟の卒業式。今年はいい年になるはずが…最悪で
す。
月日が流れるにつれて、悲しみより怒りがこみ上げてきます。訴えたい!という気持ちはあります。しかしお父
さん、ばあちゃん、じいちゃんは「もう昌子は帰ってこんのんじゃけん…」という諦めの気持ちが大きいようで
す。でも私は諦めたくないです。
女 性
メール読ませていただき、涙が出ました。8年前亡くなった長女の亡くなった様子とよく似ていました。前日ま
で走り回っていた子が、あくる日ただただ吐き、その二日後に亡くなるなんて誰が想像できたでしょうか。
心電図がピーと鳴り、でもただ心臓マッサージをするしかない・・本当にドラマの一シーンのようでした。
あの日のことはあまりのショックで 記憶が途切れ途切れです。
後日最初にかかった医者を尋ねましたが、第一声が「カルテの改ざんはしてませんよ。」でした・・劇症型急性
心筋炎・・うちの子ほど急速に亡くなった例は日本でも数例だったらしいです。でも、もしあの日が土曜日でな
かたら、自分に心筋炎の知識があったなら、吐いたのを風邪がと思い込まなかったら・・何度自分を責めてきた
でしょうか。
でも、八年たってきっとあの子が亡くなった意味があったはず・・それを知るために日々できることをしながら
機会があれば子供の学校などで心筋炎の話をさせていただいています。でもかなり辛い経験ですよね。
今言える事は、決して頑張らず、我慢せず泣きたいときは一緒に泣きましょう・・ただそれだけです。
偉そうでごめんなさい。
(藤田)

No.305 [2006.2.6]
こんにちは 去年12月26日最愛の娘を心筋炎で治療中での採血によって急変その後二度と私たちの元に戻る
ことはありませんでした。毎日毎日が寂しさと喪失感で気が来るいそうです。 誰かに助けを求めるように気が
つけばこちらにたどり着いていました。
パソコンはにがてでパソコンでメールするのも初めてです。見苦しい文ですみません。どうかお話し相手にな
ってください。では失礼します。
女 性
子供さんはおいくつだったのですか?昨年の暮れだったのでしょうか?今一番お辛いときかもしれません。み
んなが忘れかけたときが、私たちの一番しんどいときだと思います。
どうぞそのときはメールをください。あとで電話番号もお知らせします。私も何度高岡さんはじめ会員の方に
泣きながら電話したかわかりません。
ただただ聞いていただきたい・・そんな思いでした。どうぞ、頑張らず、我慢せず一緒に泣いてお話しません
か。泣いたら又次の日、昨日よりは笑えることが少し出てくるかもしれません。
できることだけをゆっくりやって、そして又泣いて、又何かをして・・気づけば時間がたっているはず。それ
はその子を忘れることでも、割り切ることでもありません。その中でその子が亡くなった意味を知っていくの
ではないでしょうか。でもこれ以上辛い経験はないですね。なぜうちが・・と思いますよね。その分人に優し
くなれるでしょう〜それも子供からおそっわたこと・・なのかもしれません。
偉そうにごめんなさいね。
(藤田)

No.304 [2006.1.6]
はじめまして。東北地方に住む女性です。
急に天使たちという言葉で検索したくなって、まっさきに出て来ました。
すみません、突然におじゃましました。
うちの父親も心臓の病気で亡くなっています。37才の時でした。
子供の頃、しょうこう熱をほったらかしにして、大人になってから残っていた菌が悪さをした、という事らし
いです。
私がまだ幼稚園の頃の出来事だったので、詳しい事は知らされませんでした。
30年以上前の田舎の医療ですから、今のように医療ミスという認識は無かったかもしれませんが、手術すれ
ば生きられると言われて手術室に入って3日目に亡くなって出てきました。
心臓病や医療ミスには、そんな思いがあります。
ひとつ、ひらめきで天使のサイト、置いていきます。
天に誓って、宣伝じゃないですが、あまり好きでなかったらゴメンナサイ。
小さくして亡くなった娘さんの お父さんの作ったサイトです。
飯田さんの本が紹介されています。
もしよかったら、途中まででも読んでみて下さいね。
このお父さんは全く知らない人ですが、飯田史彦さんの本は本当に良いと思ってURLお知らせします。
お返事はいりませんよ。大変なお役目、使命を背負って頑張っておられるのですね。
エールを送りたいと思います。
読んで頂いてありがとうございました。
女 性
37歳、あまりにもお若いお父さまのご年齢にふと、ご家族の思いに想いをはせてしまいました。
医療においては、不確かな部分が多く、「絶対」ということがないのが現状だと思います。
不可抗力のこともあれば、病院の過失の部分もあり、それ故に医療における患者の思いはさまざまです。
しかし、どのような場合においても誠意を持って対応することが徹底されれば、患者側は苦しみから癒され訴
訟という過酷な道に踏み出すことは少なくなるのではないかと思っています。
私たちの小さな会の活動にエールを送っていただきありがとうございます。
誰かが見ていて下さる・・・そんな喜びを胸にこれからも微力ながら活動を続けていきたいと思います。
ありがとうございました。
(高岡)

No.303 [2005.11.26]
インターネットで「ウイルス性心筋炎」に関して調べている時に見つけました。
私も現在似たような状況です。
三月から始まったのですが、咳が止まらず、それがきっかけかはわかりませんが、その後、心臓に激痛が走るよ
うになりました。
いったんはおさまったのですが、9月くらいから痛みが再発し始めています。
咳に関しては、軽くなった程度で完治したとは思えません。
しかし、病院に行ったとしても「風邪」としか診断されません。
関東近郊で、「ウイルス性心筋炎」に関して理解ある病院がありましたら、教えてください。
よろしくお願いします。
23歳男性
申し訳ございません。
私たちは我が子が発症した心筋炎の症状についてお伝えすることが出来ても、専門的なことにお答えすることが
出来ません。
「風邪」といっても風邪症状の中にはいろんな怖い病気が潜んでいます。
症状を伝えた上で、血液検査やレントゲン、心電図、心エコー等の検査を依頼されてはいかがでしょうか?
お役に立てないことをお詫び申し上げます。
(高岡)

No.302 [2005.11.19]
こんにちは・・
そしてはじめまして。
ぶしつけですがメールしました。
以前にもメールをしたことがあります。
今回も宜しくお願いします。
娘2歳8ヶ月、14日から咳が始まり(乾いた咳でコンコンといった咳です)17日に40.5度の熱、咳、鼻
水。今日も引き続き同じ症状。今は38.5分に熱が下がりました。
昨日病院に行ってきましたが喉の炎症による風邪と言う事でした。
風邪にしては高すぎる熱ではないのか不安でメールしました。
もしかして、心筋炎??え、インフルエンザ??インフルエンザならこの高い熱が説明できますが・・・
などと私の頭によぎり・・・
私もリウマチ熱による弁膜症を患っており、息子は先天性心室中隔欠損なもので心臓に関してはかなりナーバス
になっております。
引っ越して来たばかりで病院もわからず・・・循環器に行った方が良いのでしょうか??
娘は「ポンポンが痛い」と言っています。
同じ言葉が載っていて身震いがしました。
私が、弁膜症にかかったいきさつなども落ち着きましたら文面にしてメールをしたいと思います。
勿論、医者の誤診でしたが・・・
乱文になってしまいましたが宜しくお願いします。
女 性
母親である自分が納得できることが大切だと思います。
ご自身や息子さんの事を話して、どうしても心臓系にナーバスになってしまう旨を伝えて診てもらってはいかが
でしょうか。
私はかかりつけの小児科では全てを話し、不安になる自分を理解してもらいました。
本来なら不用なこども病院の受診も自分の判断でしました。
その時の先生は「お母さんの不安を取り除く事が何より大事です。お子さんは異常はみられないけど不安な時は
いつでも来て下さい」と言ってくださいました。
レントゲン等、負担のかかる検査はしていませんが心エコー等、何度か受けた事があります。
子供が幼稚園に上がる頃には、心配もあまりなくなりました。
下の子に対しては不思議と全く心配、不安がありません。
娘を失った後を成長している上の子に関してはいつまでも不安がつきまとうのだろうと思っています。
(高山)

No.301 [2005.10.18]
はじめまして。
私は現在38歳になる者です。
私には元々骨の成長が遅いとい病気がありました。
最近、改めて検査して免疫不全があることが判明ました。
むかしから風邪に弱く、治りにくいので「なにか」あると思っていましたが。
30歳を超えてから、私も心筋炎になり、今は心不全で投薬治療をうけております。
・・・と言っても死んでしまった心筋は治らないので悪化を防ぐ為のものです。
私が驚いたのは、もしかしたら自分はあの時に死んでいたのかもしれないという事です。
自分が風邪にかかり、息切れと動悸が激しく普通の風邪と違うといくら医師に訴えてもちょうどインフルエンザ
の季節でインフルエンザではないので・・・と、レントゲンでも異常が無いので肺炎でもない。
息切れや動悸は全く取り上げてもらえませんでした。
その時点では「重い風邪」という事で治療をし、幸いにも回復しました。
が、徐々に日常生活での息切れや動悸が酷くなり心臓が悪いのは家系?と思っていました。
それでも、動悸がひどく、自分での判断は危険だと思い通院しました。
その時は頻脈があるが、問題が無いということでした。
が、通院していた病院の息子さんがお父さんの病院を継ぐために帰ってきて、専門が心臓だということで診察し
てもらいそのときに初めて心臓の動きがおかしいので大きな病院での診察を勧められました。
因果なものです。
心筋炎を見逃した医師の息子に心筋炎を見つけてもらったのです。
紹介された病院にて、各種の検査の結果心筋炎であることが判明しました。
あの時に、いつもの風邪とは違うので大きな病院に行っていれば心筋炎にならなかったのか!?とも思います。
が、今は自分の命がつながった事を感謝しています。
免疫不全があるために風邪を引きやすく、悪化しやすく治りにくく・・・。
今も風邪を引いて4週間目になります。
やはり風邪を引くと心臓の調子も悪くなります。
今日は、動悸に息切れが酷くて会社を休んでしまいました。 
免疫不全に心不全と少々凹んでしまいますが、生きている事を感謝して、頑張らねば!!と改めて思いました。
独りよがりの内容で申し訳ありません。
が、大人の私が自分で動悸、息切れが酷いと言っても取り合ってくれない医者が実際にいる以上、自分の病状を
自分で伝えられない子供は更に大変だと思います。
私の通っていた病院は小児科、内科だったのですが・・・。
改めてこの病気の事を多くの内科、小児科の先生に知って貰いたいと思います。
これからインフルエンザの季節です。
同じ過ちが繰り返されませんように!!
女 性
貴重なご意見 ありがとうございます。ともあれ幸いにも心筋炎ということがわかり、適切に治療することがで
き何よりです。そして、私達が子ども達から聞き取ってやれなかった心の声を届けていただいているようで、と
てもありがたい気持ちです。うちの子は、当時3歳で「立つとえらい。」と一度だけ言ったのですが、私はそれ
を受け止めてやることができませんでした。きっとあなたの言われる動悸や息切れが立ち上がったときに感じた
のでしょう。親として情けなくて情けなくてどうしようもありませんでした。そして、心筋炎のことをもっと身
近な人たちに広めていきたいとあなたと同じように思います。励ましのお言葉、本当にありがとうございます。
どうか、無理をなさらずにお身体大事にして下さいね。
(古川)


No.201〜No.250