AMSC(Asian Medical Students’Conference:アジア医学生国際会議)



アジア医学生国際会議は、1970年後半から大きな社会問題となっていたカンボジア難民問題を契機として、1980年、日本とタイの医学生によって初めて開催されました。
医学生という共通の立場から各国の保健・医療の相違点・共通点を相互に理解し合い、各国独自の解決策を比較・検討するとともに、将来の国際医療協力の基盤となる人的交流の輪“ヒューマン・ネットワーク”を着実に作っていくことを目的に、西太平洋地区を中心とするアジア各国において毎年夏に開催されています。

第22回アジア医学生国際会議は、2001年7月オーストラリアのメルボルンで開催され、私たちの娘のケースを取り上げていただき、「現代の日本の医療の問題点」についてアジアの多くの医学生の方々に、今ある日本の医療の現状を問いかけていただいたこと、ホ−ムページ上でその内容をご紹介させていただくことを快く承諾してくださったことに心から感謝申し上げます。
私たちのような悲劇が二度とくり返されないように、医学を志す方々に現在の医療に欠けているもの、また必要なものを深く考えていただけるきっかけになれば、とてもうれしく思います。





第22回アジア医学生国際会議 2001年7月7日〜15日
〜オーストラリア メルボルン  〜Monash University〜
テーマ「現代日本医療におけるサイエンスとアート」


現在日本の医療は技術的には大変な進歩を見せ、平均寿命も戦争直後に比べ飛躍的に伸びました。しかし、前々から言われていることですが、多くの医師が高度な医療知識や技術(サイエンス)の修得に心を奪われてしまい「人間を診る」(アート)ということを忘れています。
患者やその家族の訴えに耳を傾け、一緒に考え、ともに納得のいく治療を模索し、誠意を持って治療にあたる。そのような当たり前ですが、しかしまだそういった医療の浸透はこれからの医療界の抱える最も大きな問題のひとつであると考えます。
医療者側の責任で亡くなってしまったということの重大性が、将来医師となるであろう自分の上に重くのしかかり、このような医療者側の姿勢で起こってしまう死、悲しみがあるんだということを伝えたいとの思いから、医学を学び将来それを実践することとなる医学生に会議で改めて問いかけ、日本はもちろんアジア全体にアートのある医療を浸透させたいと思いこの論文発表を行うことを決めました。
21世紀医師を目指す者たちにとって忘れてはならない「医の心」(この論文では「ART」という言葉で表現されております。)を定義づけています。
そして沙彩ちゃんのエピソードを通じ、将来医師となる自分が患者さんやその家族に対してどんなに重い責任を負っているかということを感じ、考えてほしいと思っております。
ここでは更に医学における「ART」の欠損がどれだけ重大なことなのかということも理解してほしいと思っています。
その後、山本周五郎の小説を故黒沢明監督が作品化した「赤ひげ」を題材に、医学の「ART」を実践するとはどういうことか、ただ病を「治療」するのではなく、その病気の奥にあることをとらえ、人それぞれ症状や病気は異なっているということを肝に銘じ、正面から人と向き合うということを感じ取ってほしいと思っています。
医療技術の進歩に頼りすぎず、もっと心のこもった医療を世界に広げていけるようにということをアジアの医学生たちに伝えられれば本望です。





内容についてはこちら Japanese
English



AMSC(アジア医学生国際会議)を終えて・・・


日本の学生の代表として、日本だから出来るプレゼンテーシションを行い、「日本の医療の問題点」のひとつをアジアの医学生たちに深く印象づけることが出来たと思います。
後で考えてみると、プレゼンのやり方はお世辞にも上手ではなかったと思いますが、数人の学生から質問を受けました。
「その医師は今どうしているのですか?」「日本では患者が自分の受けたい検査や治療を選べないのですか」などです。
質問を聞き取るのに精一杯でしたが、「その医師はきちんと謝罪することはなく、現在この問題は裁判になっています」「日本では患者が自分の受けたい検査や治療を選択する権利はありますが、実際の所患者は自分のかかった医師の選んだ検査や治療を受けるしかない場合が多いです」と答えました。
プレゼンテーションが終わり席に戻ると、隣に座っていたオーストラリア人の学生に「よかったわよ!」と言われました。このプレゼンテーションは自分で言うのも恥ずかしいのですが、予想以上に評判が良く、会場のいろいろなところで会う知り合いごとに「日本のプレゼンは内容もプレゼンの仕方もとっても学ぶところが大きかった」「興味を持って聞けたよ」という言葉をもらいました。一緒にプレゼンをした同級生も、またプレゼンには関わらなかった日本人参加者もいろいろ誉めてもらったそうです。友人だから言ってくれている部分もあるのかもしれませんが、活発な質問もいくつか出ましたし、発表している時に会場を見回してみましたら、みんなきちんと聞いてくれていたので、プレゼンは成功したと言ってもいいくらいの出来栄えではなかっただろうかと信じております。(連日の過密なスケジュールの為、会期中の平均睡眠時間は2〜3時間で、多くの参加者が寝不足で、お恥ずかしい話ですがあまり面白くないプレゼンでは寝てしまう参加者もいたのです)オーストラリアの医学生には、アジア系の学生(主に華僑です)が多く意外でした。
彼らは香港、台湾、マレーシア、マカオなどから移民または留学してきているそうです。会議は毎日各国の学生によるプレゼンテーションと専門家を招いての講義がつまっていましたが、病院や僻地医療健康センターのような所を見学に行った日もありました。
会議の日程はとても詰まっておりプログラムは夜までかかります。ホテルに帰ってきた後翌日のプレゼンの準備を日本人で集まって朝まで行ったり、組織運営について何時間もミーティングを行ったりしていたので、会議の最後の方の日程をこなすのは気力が要りました。速いいろいろな国のなまりの英語を聞き取るのも大仕事でした。
ひとつ日本と違っていて驚いたことは、医師も看護婦も白衣を着ていないということです。まったくの私服(例えば肝臓移植医の女性は、ハイネックのセーターにスカートとブーツといったいでたちで肩に聴診器をかけていました)で、医師も看護婦も見た目だけでは区別が付きません。もちろん医学生も私服で病棟をまわり、患者さんに接します。
「なぜ白衣を着ないのですか」と聞いたところ「患者さんにリラックスしてもらうためです」という答えが返ってきました。
日本にこの方法がすぐに適用できるかは疑問ですが、普段当たり前のように着ている白衣を考え直すいい機会となりました。オーストラリアの病院は日本の病院より居心地の良いものであったような気がします。
今回のプレゼンテーションを作成するに当たって得たこと、感じたことを忘れずによりよい医師を目指すべく勉強をしていきたいと思います。