平成17年4月28日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成14年(ネ)第1550号損害賠償請求控訴事件
(原審・和歌山地方裁判所平成9年(ワ第666号事件)

平成17年1月25日・口頭弁論終結

             判     決

和歌山県西牟婁郡串本町串本1213−2
控   訴   人 高   岡   茂   樹
同所同番号
控   訴   人 高   岡   由   子

上記2名訴訟代理人弁護士 佐  野  久美子
             葛  原  忠 知
             法  常    格
             澤  田  有 紀

和歌山県新宮市蜂伏18番7号

     被 控 訴 人    新    宮   市

     代 表 者 市 長  上  野  哲  弘

     訴訟代理人弁護士   伊  藤  芳  晃
                長 谷 川  敬  一


           主    文

1 原判決を次のとおり変更する。

2 被控訴人は,控訴人高岡茂樹に対し,2760万9211円,控訴人高岡由子に対し,2650万
 8211円,並びに,それぞれ,その金員に対する平成7年11月16日から支払済みまで年5分の
 割合による金員を支払え。

3 控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。

4 訴訟費用は,第1,2審を通じて,これを10分し,その3を控訴人らの,その余を被控訴人の各
 負担とする。

5 この判決は,第2項に限り,仮に執行することができる。


             事 実 及 び 理 由

第1 当事者の求めた裁判

 1 控訴人ら

 (1)原判決を取り消す。

 (2)被控訴人は,控訴人高岡茂樹に対し,3828万1720円,控訴人高岡由子に対し,3718
   万1720円,並びに,それぞれ,その金員に対する平成7年11月16日から支払済みまで年5
   分の割合による金員を支払え。

 (3)訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。

 (4)仮執行宣言

 2 被控訴人

 (1)本件各控訴をいずれも棄却する。
 (2)控訴費用は,控訴人らの負担とする。

第2 事案の概要

 1 本件は,控訴人らが,被控訴人が開設する新宮市立医療センター(当時,新宮市立市民病院,以下
  「本件病院」という。)において控訴人らの長女沙彩(以下「沙彩」という。)が診療を受けた際,
  本件病院の担当医師が適切な診断,処置を怠ったことなどの過失又は債務不履行により,沙彩が心筋
  炎により死亡するに至ったなどと主張して,被控訴人に対し,使用者責任又は債務不履行責任に基づ
  いて,損害賠償の支払を求めた事案である。

 2 原判決は,控訴人らの請求はいずれも理由がないものとして棄却し,これに対して,控訴人らが控
  訴をした。

 3 前提事実,争点及びこれに関する当事者の主張は,次に付加訂正するほか,原判決の「事実及び理
  由」中の第2の2及び3(原判決2頁18行目から9頁10行目まで)に記載のとおりであるから,
  これを引用する(ただし,「被告病院」とあるのを,「本件病院」と読み替える。以下の原判決の引
  用部分も同様である。)。
 原判決3頁20行目の「HGB《ヘモグロビン》が15.5」を「HGB《ヘモグロビン》が15.2
 」と,20行目から21行目にかけての「HCT《へマトクリット》が47.6」を「HCT《へマト
 クリット》が45.3」と,5頁10行目の「11月15日午後には」を「遅くとも11月14日には
 」とそれぞれ改める。

 4 控訴人らの当審における補足主張

 (1) 沙彩は,心筋炎に起因する急性心不全により死亡したもので,その経過からみても,遅くとも
    11月14日にはすでにウイルス性心筋炎を発症していたというべきである。沙彩は,それまで
    の感冒の諸症状に加えて,同日の夕方から心疾患に特徴的に顕れる眼瞼浮腫が出現しており,同
    月15日午前のB病院で採取した血液を後に再検査した結果でも,CPK(クレアチンホスキナ
    ーゼ,心筋障害や骨格筋疾患で上昇するとされる。)が500ないし600と異常値を示してい
    たもので,胸部]線の心・胸郭比も,同月13日(C医院)は47.8パーセント,同月15日
   (B病院)は49.7パーセント,同月16日(本件病院)午前9時は52パーセントと,徐々に
   拡大していったのである。

 (2) 沙彩は,同月15日午後7時20分ころ本件病院で診察を受けた時点では,すでに心筋炎を発
    症しており,しかも,眼瞼浮腫等の心疾患を疑わせる症状も出ており,その浮腫の程度も相当程
    度の腫れであり,血糖値も151mg/dlで高かったのであり,それまでの経過を踏まえて,
    担当医師としては,その時点で,心疾患を疑い,胸部レントゲン検査,心電図検査,心エコー検
    査を実施すべき義務があった。これらの検査がされていれば,心拍出量低下の結果が得られ,す
    でに症状として顕れていた眼瞼浮腫が心臓性浮腫であり,心筋炎との診断が可能であり,その治
    療が可能であった。被控訴人は,沙彩に下腿浮腫がなかったことを心疾患を疑わなかった理由と
    して主張するが,甲38(☆☆医師の意見書),甲39(□□医師の意見書)によれば,小児の
    心不全では,浮腫液の貯留が下肢よりもむしろ顔面や腹部に出やすいのは,当時においても,臨
    床小児科医の常識であったといえるなどとされている。

 (3) また,本件病院の担当医師としては,沙彩が入院の後,11月16日午前10時ころまでの間
    沙彩は,輸液をしてもその容態は一向に改善せず,しかも,低体温,四肢冷感,発汗,嘔吐,腹
    痛などの見過ごすことのできない各症状が現れ,更に,排尿もそれまでの輸液の量に比して少な
    かったこと等の経過があったのであるから,それらの経過を観察した上,当初の脱水症との診断
    を修正し,治療計画を見直し,初診時の診断の再評価をして心不全を疑うべき義務があったとい
    うべきであり,遅くとも同日午前6時の時点では心筋炎の治療をすべきであったといえる。

 (4) ところが,本件病院の担当医師(A医師)は,同月15日午後7時20分ころの初診時に,沙
    彩を,気管支肺炎,脱水,あるいはアセトン血性嘔吐症(自家中毒)と診断し,上記の義務に違
    反して,心疾患を疑わず,胸部レントゲン検査,心電図検査及び心エコー検査をいずれも実施し
    なかった。そして,漫然と輸液治療の指示をし,この輸液により,その後,沙彩の症状を悪化さ
    せた。その上,担当医師も他の医師も,翌16日午前10時までの間,入院中の沙彩を一度も診
    察せず,その病室を訪れることさえもなく経過観察の義務を怠った。また,その間,本件病院の
    看護婦も,付き添った母親の控訴人由子が異常を感じてした訴えをまともに採り上げなかった。
    担当医師が,初診時の時点で,心疾患を疑って,胸部レントゲン検査,心電図検査及び心エコー
    検査を実施し,又は,治療計画を見直し,遅くとも翌16日午前6時の時点で心筋炎の治療をし
    ていれば,沙彩は救命できた。

 (5) 沙彩が心筋炎を発症した時期,それが救命が極めて困難ないわゆる劇症型のものではなかった
    こと,本件病院の担当医師として心疾患を疑って心電図や心エコーによる検査を実施すべきであ
    った時期等についての控訴人らの主張は,○○意見書や聞取書(甲16,甲20)のほか,当審
    での□□□□□,△△及び☆☆☆の各意見書(甲23の3,24,32の2,34,38,39
    )からも十分に裏付けられている。これらの各意見書等は,●●●の意見書(乙14,乙24)
    や原審における■■■鑑定人の鑑定結果に比較し,結論に至る論理の展開に無理がなく,極めて
    説得力がある。なお,沙彩の心エコー検査を実施した▲▲▲▲医師の陳述書(乙29)について
    は,その提出時期があまりにも遅く不自然であり,甲30の心エコーの写真から劇症型心筋炎に
    合致する所見があるとの部分も,そもそも劇症型心筋炎とは発症様式からの分類であるし,☆☆
    ☆の意見書や■■鑑定の結果の内容等に照らしても,到底信用できない。

 (6) 本件病院では当時の沙彩のカルテの原本はすでに存在せず,心エコー検査の写真も,控訴人ら
    が本件で甲30の11枚を提出したが,被控訴人からは1枚しか証拠として提出されなかった。
    また,モニター心電図の記録も乙5の13頁に添付されたもの(時刻が16日10時36分とさ
    れているもの)は一部にすぎない。しかも,心電図も心エコーも時刻設定が誤っていたのか,意
    図的なものか,その記録の時刻の記載が不正確である。いずれにしても,これらも,本件病院の
    管理の杜撰さを物語っている。
 
 5 被控訴人の当審における補足主張

 (1) 沙彩は,11月16日午前7時以降に劇症型心筋炎を発症したもので,それ以前,すなわち,
    同月15日午後7時20分ころの本件病院における初診時においてはむろん,入院後,翌16日
    の午前7時ころまでは,そもそも,心筋炎を発症すらしていなかった。
     前記の初診時には,沙彩は,眼瞼浮腫があったが,同時に血液濃縮の状態でもあったのであり
    眼瞼浮腫が心不全の兆候であるのなら,同時に血液濃縮が生じることはあり得ないのであり,こ
    のことは,佐地鑑定の結果からも明らかである。■■鑑定書では,血液濃縮は「心不全とは全く
    合致しない所見である」と明確に述べられている。幼児の場合,眼瞼浮腫は,花粉アレルギー,
    不眠状態やうつ伏せ寝,咳等でも生じ得る。血糖値が151mg/dlと高いが,これも何ら心
    不全に特徴的なものではない。更に,当時,沙彩には,心肥大,肝腫大や下腿の浮腫,頻脈等の
    症状がないのである。□□意見書(甲23の3)は,頻脈,多呼吸及び下腿浮腫がないこと,血
    液濃縮があり,心音も正常であったなどの心不全を否定する多くの所見についての言及がなく,
    △意見書(甲24)も,前医で輸液を受けてからの時間を考慮すると血糖値が151であったの
    は高過ぎるとするが,その前提となる輸液の正確な時間を把握した上での判断とは考えられない
    。のみならず,16日午前10時ころの心エコーの写真である甲30によると,沙彩は,当時,
    劇症型心筋炎に発症していたことが裏付けられる。

 (2) 本件病院の担当医師は,同月15日午後7時20分の初診時において,沙彩には,肝腫大は認
    められず,脈拍を良好に触知可能であること,前記のとおり,その他の心疾患を疑うべき症状も
    なかったので,眼瞼の浮腫はあるが,下肢の浮腫がないことを特に注意した上で,眼瞼の腫れは
    心不全によるものとは考え難いとして,気管支肺炎と脱水症状であると判断し,入院して輸液を
    受けるように指示した。したがって,仮に,当時,沙彩がすでに心筋炎に羅患していたとしても
    同医師には,心疾患を疑って胸部レントゲン検査,心電図検査及び心エコー検査を実施すべき義
    務はなく,それらを行わなかったことに何らの過失はない。確かに,沙彩には,当時から眼瞼浮
    腫があったが,小児の心疾患では眼瞼よりも下肢に強い浮腫が出るというのが,当時の小児科臨
    床医の一般的な理解であった(乙28・25頁)。このような診断,処置につき,●●●及び◎
    ◎◎の各意見書(乙14,甲36)及び■■鑑定も,いずれも,問題がないか,あるいは相当で
    あると判断している。

 (3) また,本件病院の担当医師は,同月16日の午前3時と午前5時に沙彩の病室を訪れ,沙彩の
    容態をうかがっており(控訴人茂樹も,甲22の陳述書で,入院直後と16日午前0時の2回,
    A医師が沙彩の病室を訪れたことは認めている。),また,それ以外の間も,担当看護婦から入
    院中の沙彩の容態の報告を受けていた。担当看護婦らの経過観察措置にも問題はなかった。
    沙彩が入院してから,翌16日午前6時までの間に,沙彩には,低体温,四肢の冷感,発汗,嘔
    吐はあったが,当時は11月で,輸液が身体に入っていることからすると不自然ではなく,翌朝
    の排尿量が少なかったことも脱水症状から当然のことである。また,輸液の量もスケジュールも
    控え目であった(乙15・13頁以下)。その他,沙彩の脈拍,呼吸数には異常がなく,いずれ
    にしても,沙彩には心不全を疑わせる所見や特筆すべき異常は何ら存在しなかった。したがって
    上記の間に,心疾患を疑うべき症状は何ら現れなかったもので,当初の診断を修正すべき義務が
    生じ得る状況はなかった。むしろ,前記の諸症状は,時間とともに徐々に落ち着いている様子さ
    えあった。

 (4) そもそも,沙彩の死亡の原因となったのは,劇症型心筋炎であり,劇症型心筋炎は,初期症状
    に特異的なものはなく,その早期診断は極めて困難である。同月15日午後7時20分の初診時
    から翌16日午前7時ころまでの間は,沙彩は,心筋炎を発症すらしていなかったもので,仮に
    発症していたのとしても,本件病院の担当医師が,心筋炎あるいは心不全の疑いをもつことは到
    底不可能であった。また,沙彩は,あまりに急な容態悪化によって死亡してしまったもので,そ
    の具体的な救命治療措置も存在しないことからすると,救命可能性もなかったというほかない。
    被控訴人には,いかなる観点からも,責任がないことが明らかである。

第3 当裁判所の判断

 1 前記の前提事実のほか,甲1ないし34(枝番を含む。),乙1ないし27,鑑定人■■■の鑑定
  結果,証人■■■,同 B 及び同 A の各証言,控訴人由子本人尋問の結果(以上の各証拠を「
  本件各証拠」という。)及び弁論の全趣旨によると,次のとおり認められる。

(1) 沙彩は,控訴人ら肩書住所地に同人らと共に居住していたが,10月9日ころ咳が出るようにな
   り,同日と同月13日に地元の串本町所在のC医院を受診し,更に11月3日,37.5度の発熱
   があったので,同月4日,同医院で解熱剤・鎮咳剤・抗生剤等の処方を受けた。その後,沙彩は,
   一旦は軽快し,幼稚園にも通うようになったが,同月7日にもC医院を受診して抗生剤の処方を受
   け,更に同月10日の夕方から悪寒・発熱があり,翌11日,再びC医院を受診し,風邪であると
   の診断を受けた。このときの体温は38度であった。更に,同月12日には39度前後の発熱があ
   り,同月13日,C医院で肺炎の疑いがあるとの診断を受けた。このときの血圧は134〜74で
   体温37度で,胸部レントゲン検査・マイコプラズマ検査・血液検査を受け,坐薬アンビバ5錠を
   処方された。
    沙彩は,翌14日の夕方から両瞼に浮腫が現れ,咳がひどく,食欲もない状態になったので,C
   医院に電話連絡した。同医院の◇◇◇医師は,それまでの同医院での処置と両眼瞼が浮腫状になっ
   て咳もひどく,食欲もないとのことであると記載して,和歌山県   郡  町所在のB病院小児
   科への紹介状を作成した。
    そして,沙彩は,この紹介で,翌15日午前,B病院小児科を受診し,蛋白尿・気管支炎との診
   断を受けた。このとき,両瞼には浮腫があり,咳も出ており,胸部レントゲン検査・血液検査・尿
   検査を受け,血圧は86〜50,GOTは42(基準値2〜25),LDHは585(基準値50
   〜450),Hgbは14.4(基準値11.5〜15),Hctは42.2(基準値34〜44
   .3)であり,蛋白尿(+)の状態で,腹部は異常なく,下腿には浮腫がないと確認された。点滴
   処置の後,排尿があったが,昼過ぎには腹痛を訴え,その後も容態が良くならないまま夕方に至り
   帰宅後嘔吐し,段々呼びかけにも反応せず,眠りがちになり,控訴人由子に連れられて時間外の救
   急外来として,住居地の串本町から車で約1時間を要するその地域の基幹病院である本件病院(新
   宮市所在)を訪れた。

(2) 11月15日午後7時20分ころ,A医師は,本件病院において,沙彩を診察した。同医師は,本
  人及び付き添っていた母親の控訴人由子から,沙彩は11月10日から発熱があり,咳がひどく眠れ
  なかったこと,食欲がなく,機嫌が悪く,近所の医院(C医院)で診察を受けたが軽快せず,その紹
  介で同日B病院を受診し,]線撮影,採血,検尿をし,点滴を受けて帰宅したが,嘔吐が1回あり,
  倦怠感と腹痛が強く,食欲はなく,水分は1口か2口だけ飲んだ程度で,ぼ−と眠っていくので心配
  になって来院したことなどを聞いた。同医師の診察で,肝・脾臓の腫脹はなく,腹部は柔らかくて平
  坦であり,浮腫がなく,両眼瞼は少し腫れており,下腿は浮腫がなく,体温は36.1度,脈拍は正
  常,心雑音,肝臓・脾臓腫脹はなく,検尿,血液検査の結果,血糖値は151mg/dl,Hgbは
  15.2(正常範囲11〜12),Hctは45.3(基準値34〜44.3)であった。同医師は
  両眼瞼に腫れがあるが,肝臓肥大と下腿浮腫がないので,心不全による腫れではなく,また,蛋白尿
  がないので腎臓によるものでもないと判断し,電解質異常や,白血球減少といった著しい異常所見が
  なく,Hgb,Hctの上昇があり,脱水が疑われると判断し,結局,沙彩の状態を,気管支肺炎(
  鑑別診断,異形肺炎)と脱水であり,心疾患の可能性がないものと診断し,胸部レントゲン検査,心
  電図検査,心エコー検査を実施せず,とりあえず,入院させて,点滴をして経過観察をすることを決
  定した。

(3) 沙彩は,同日午後8時45分ころから本件病院に入院し控訴人由子が病室でこれに付き添った。
   入院時,体温は37度,脈拍は96/分(2歳から6歳児の正常範囲は70〜115/分),呼吸
   数は36(同正常範囲20〜30/分),顔色,皮膚は普通,眼瞼浮腫と腹痛があり,冷感やチア
   ノーゼはなかった。同医師は,点滴チャートどおり点滴を実施すること,尿ケトン体検査を少なく
  とも2回陰性になるまでやること,とりあえず絶食とし,水分のみ少しは良いとの指示をし,更に,
  翌日実施分として,CBC(一般検血),CRP,血沈,生化学検査,胸部レントゲン検査,検尿,
  検便の指示をしたが,心疾患の可能性がないと考えていたので,血液検査の項目としてCPK(クレ
  アチンキナーゼ・心筋逸脱酵素)の検査を指示しなかった。

(4) 同日午後9時から翌16日午前2時までの5時間で100ml/時の点滴がされ,その後,80
   ml/時で6時間,更に,60ml/時で2時間,点滴が実施された。
    15日午後10時,控訴人由子が看護婦詰所に「お腹が痛いといって泣いている。」と告げたが
   看護婦が病室に訪れた際には,沙彩は泣いておらず,ぼ−とした感じであった。看護婦は特に何も
   しなかった。
    16日午前0時に看護婦が病室を訪れた。睡眠中で,その時点では,体温35.8度,心拍10
   0,呼吸数32で,発汗があり,タオルをこめた。控訴人由子は,看護婦詰所に,しんどい,おな
   かが痛いと言っていると何度か伝えたが,看護婦は,脱水がきついとお腹が痛いのは当たり前,し
   んどいのも脱水のせいであるなどと答え,何らの対応もすることはなかった。
   同日午前3時,心拍が96,呼吸数が25で,湿性咳があった。上下肢に冷感があったので,控訴
   人由子は,看護婦詰所に,手足が冷たくなり,倦怠感や腹痛があり,点滴を続けているのに未だ排
   尿がないことを伝えたが,沙彩の足が冷たくなったので,湯たんぽで暖めた。沙彩は,しんどい,
   お腹が痛いと言い,点滴の継続にもかかわらず,症状が改善されなかった。

(5) 同日午前4時15分ころ,腹痛を訴え,胃液を嘔吐した。控訴人由子は,それを詰所に伝え,看
   護婦が病室で沙彩の着替えをさせた。沙彩は,その際,発汗しており,脱がせてもらったパジャマ
   が汗で湿っていた。看護婦が沙彩の状況を確認したが,眼瞼は浮腫があってボッテリしており,腹
   満はマイナス,グル音は微弱,倦怠感,腹痛があり,手足の冷感があった。

(6) 同日午前6時,沙彩は,体温35.3度,心拍84,呼吸数24で,約100ccの番茶様の排
   尿があった。眼瞼は浮腫があってボッテリしており,臍下部がポッテリとした状態で,腹痛と倦怠
   感を訴えていた。両上肢下肢の冷感が継続し,湯たんぽで暖めた。控訴人由子は,担当の看護婦に
   対し,「ず−とお腹が痛いと泣くんです。大丈夫ですか。こんなことなかった。」などと訴えた。
   そこで,担当の看護婦は,A医師に電話で連絡して,状況を説明したところ,田端医師は,輸液(
   ソリタTの残り100ミリリットル)に鎮静作用を有するアタP25mg2分の1Aを混入するよ
   うに指示した。

(7) 同日午前7時ころ,沙彩は,上半身の皮膚は湿潤ぎみで,顔色は昨日より少し改善された様子で
   あった。

(8) 同日午前9時ころ,沙彩は,車椅子でレントゲン室に行き,レントゲン検査を受けた。その結果
   心胸廓比は52パーセントであった。通常は3歳以上で50パーセント以上は大きいとされ,やや
   大きい程度であったが,その映像だけから心不全による心拡大とまではいえない大きさであった。

(9) 同日午前10時ころ,D医師の回診があり,沙彩は,口唇色が不良で,軽度の呼吸困難,チアノ
   ーゼ,頻脈があり,眼瞼浮腫はプラス2で,血液検査の結果では,Hgbが15.5,Hctが4
   7.6,GOTが184,GPTが42,LDHが1469で,CPK(クレアチンキナーゼ・心
   筋逸脱酵素)が4694と極めて異常値であり,肝臓は2横指(2QFB)で脾臓は異常なしであ
   った。なお,下眼の浮腫はなかった。同医師は,直ちに急を要する状態であると判断し,ICUに
   搬送し,心電図,心エコーの検査をし,その結果,心のう水貯留で,左心室が拡大し,その収縮が
   認めらない状態で,EF(駆出率)15パーセントで,心筋炎と診断し,ノイバン等を投与した。
    その後,沙彩は,同日午前10時20分ころ,心停止となり,ノイバン,ボスミン,メイロン等
   の投与と共に,心マッサージが施行され,かろうじて心収縮の回復があったが,同日午後1時10
   分死亡した。

(10) B病院で採取された血液を沙彩が死亡した後に再検査したところ,CPK(クレアチンキナーゼ
   ・心筋逸脱酵素)が500〜600であった。

(11) 11月16日付けのD医師作成の死亡届出の死亡診断書(証拠保全の記録の甲3)では,直接死
   因は急性心不全であり,その原因は死亡約3時間前発症の急性心不全であり,その原因は死亡約7
   日前発症の心筋炎とされ,12月6日付けのC医師作成の死亡診断書(乙4の8頁)の記載では,
   沙彩の直接死因は,死亡3時間前発症の急性心不全とされ,その原因は死亡1日前発症の心筋炎と
   されている。

2 心筋炎とその診断については,以下に掲記の各文献を含む本件各証拠と弁論の全趣旨によれば,以下
 のとおり認められる。

(1) 心筋炎とは,種々の原因により心筋が局所的もしくはびまん性に炎症性変化を示した状態で,大
   部分が急性心筋炎で,その多くがウイルス性と突発性である。ウイルス性ないし特発性急性心筋炎
   の臨床診断としては,@ 胸痛,動悸,呼吸困難及びチアノーゼなどの心症状に加え,発熱,咳及
   び倦怠感等のかぜ様症状や悪心,嘔吐,腹痛及び下痢等の消化器症状等が前駆症状又は主症状とし
   て合併することが少なくない,A 身体所見に頻脈,徐脈,聴診で心音減弱,奔馬調律(第V,W
   音),心膜摩擦音,収縮期雑音などを認めることがある,B 心電図は通常何らかの異常所見を示
   す,C 血清中の心筋逸脱酵素のCPK,LDH1・2型,GOTの上昇,CRP陽性,赤沈促進
   白血球増加などを認めることが多い,D 胸部]線像で心拡大を認めることが多い,E 心エコー
   図で左心機能低下や心膜液貯留を認めることがある,F AないしEの所見は短時間に変動するこ
   とが多いなどとされ,更に,心内膜心筋生検所見は診断確定に有用であるが陰性所見でも心筋炎は
   否定されない,急性心筋梗塞などとの鑑別が必要なことがある,などとされている(甲3,10,
   13)。

(2) 小児の心筋炎の診断については,小児心筋炎の臨床像は多様であり,臨床経過も種々であるため
   従来多くの症例が心筋炎の診断が下されないまま,死亡したり,あるいは治癒したり,更には後遺
   症を残したりしている。小児のウイルス性心筋炎の診断は,前記(1)のほか,多くの場合に前駆
   症状を伴い,その場合に10日以内に心症状の出現をみることが多い(乙1)。一般症状としては
   麻疹や流行性耳下腺炎等に合併する場合を除いて特異的なものは乏しく,そのため,どうしても早
   期発見が困難とされる。自覚的(年長者であれば)不定の胸部不快感や胸痛,嘔気嘔吐や食欲不振
   動悸,全身倦怠感,脱力感,易疲労感,体動時の息切れ,軽度の発熱等を認めることが多いが,こ
   れらの愁訴も特異的なものではない。固有心筋の障害による心不全症状がはっきりしてくればその
   程度に応じて,他覚的にも,体動時の異常な呼吸速拍や呼吸困難による起座呼吸など,体動の内容
   に比して異常な頻脈等がみられる。また,心不全による代償反応として内因性カテコールアミンの
   分泌増加による末梢血管の収縮により身体全体がひんやりとして蒼白傾向となり,異常な体重増加
   や重症であれば両眼瞼や外陰部の浮腫,年長児であれば下腿の浮腫,腹部膨満傾向が観察され(甲
   14),小児の心不全では,浮腫液の貯留が下腿よりも顔面や腹部に出現するのが特徴である(甲
   7)。また,胸部レントゲン検査による心拡大があることがしばしば心筋炎を疑わせる契機となる
   が,死亡後の剖検の結果心筋炎と診断された4歳6か月の女児で,入院時も死亡時も心拡大がなか
   った例もある(乙2)。

(3) 心筋炎は,その原因によって,ウイルス性,ウイルス以外の感染性,その他に区分され,それぞ
   れの場合に,@うっ血性心不全型,A心筋梗塞様発症型,B不整脈型に区別されることもあるが,
   これは,厳密な科学的な性質の分類ではなく,臨床的に見た相違にすぎない。また,その発症態様
   から,劇症,急性,慢性活動性,慢性持続性に分けられたり,あるいは,劇症型とポンプ失調型に
   分けられて論じられることもある。ただし,劇症型かどうかの推定は,複数回の心エコーや心電図
   があっても困難なことが多く,他の臨床症状や予想外の推移で推定されるもので,どちらかと言え
   ば,諸症状や諸検査の結果から,後に劇症型と診断されることが多いとの見解(□□意見書・甲3
   9)もあるが,そもそも,劇症型かどうかは,臨床的な分類であって,確固たる定義がある分類で
   はなく,劇症型の場合に心電図や心エコーで特徴的なものが現れるわけではないとの趣旨の見解(
   ☆☆意見書・甲38,乙22・107頁)もあり,いずれにしても,心電図検査や心エコーの検査
   から劇症型の心筋炎かそれ以外の型の心筋炎かを分類すること自体が極めて困難である。
    ただし,ストークスアダムス発作といわれる心原性の循環停止が脳虚血の原因となって意識障害
   失神,痙攣をきたす発作によって発症する場合があり,その場合は心電図で特有の波形を示す。そ
   れは前駆症状から発症までの期間は半日から3日であって急激な経過をたどり,そのような場合に
   は予後が極めて悪く,救命の可能性は低いとされる。前記の劇症型と言われるものは多くはこの場
   合を指すが(甲16),逆に,前駆症状から発症まで3日以上ある場合には,少なくともこのよう
   な場合には該当しない。

(4) 急性心筋炎は,通常は,急性期を乗り切れば生命予後は比較的良く,完全治癒例も少なくなく,
   そのため,早期診断,早期治療が重要であるとされている(甲10,13)。心筋炎と診断されれ
   ば,心筋の負担を減らすために,輸液を通常よりも少な目に設定しなければならず,点滴は,通常
   その年齢に必要な水分維持量の3分の2から2分の1にして水分の負担をかけないように配慮する
   必要がある(乙2・607頁,甲38,39)。大量輸液療法をする前に胸部レントゲン写真での
   心拡大に注意すると共に,疑いがあった場合には速やかに心電図や心エコーを行うことに常に留意
   しておくことが必要であると指摘する文献(乙2・607頁)もある。そして,治療法としては,
   酸素投与,利尿剤及び血管拡張剤の投与により心筋や心臓負担の軽減を図り,不整脈を監視するこ
   とになる。

3(1) 前記認定事実によれば,15日のB病院での血液ですでにCPK(クレアチンキナーゼ,血清
    中の心筋逸脱酵素で,心筋障害や骨格筋疾患で上昇するとされる。正常値は,女性で30〜18
    0とされるが,幼児は成人の約2倍であるとされる。甲12,13,乙18)が500〜600
    と高い数値であり,初診時における血糖値が高値であり,発熱,咳及び倦怠感,発汗等の風邪様
    症状や嘔吐,腹痛等の消化器症状等,心筋炎の前駆症状があり,GOTが42,LDHが585
    といずれも高い数値で,14日の夕方から両眼瞼に浮腫が現れ,16日午後1時10分に急性心
    不全によって死亡するまで終始継続して出現していたのであり,○○○○の意見書(甲16)及
    び☆☆☆の意見書(甲34,38)や前記の認定事実の死亡診断書の診断からすると,沙彩は,
    遅くとも,眼瞼浮腫が出た同月14日夕方の時点で既に心筋炎を発症していたものと認めるのが
    相当である。

 (2) ■■鑑定は,当時,沙彩には血液濃縮があり,これは心疾患による浮腫とは全く相反する症状
    であるなどとして,前記初診時に心筋炎が発症していたことに否定的であるが,同鑑定でも,血
    液濃縮の状態があったことから心筋炎の発症があり得ないと断定したわけではなく,「血液濃縮
    を来す疾患が既に合併していたため,心不全の検査結果が隠されていた可能性もある」として,
    むしろ,血液濃縮の状態と心筋炎の発症とが両立し得ることが示唆されている。前記認定事実に
    よると,本件病院側で心筋炎であると診断した16日午前10時の時点では,むしろ,Hgb,
    Hctの値は更に高くなっていことが明らかであることからも,血液濃縮の状態にあったことは
    必ずしも心筋炎が発症していたことを決定的に否定する事由にはならないといえる。
    また,前記認定のとおり,心筋炎の場合には,胸部レントゲン検査で心拡大が認められるのが通
    常ではあるが,幼児ではこれがみられない例もあり(乙2の患児1の例),沙彩の胸部レントゲ
    ンの心・胸郭比が心拡大といえる状態ではなかったことも上記認定を左右しない。

4 次に,前記認定事実によれば,本件病院の初診時において,担当医師としては,少なくとも,心疾患
 の可能性を完全に排除せずに,最低限度の検査として,心電図検査を実施すべき義務があったもので,
 心疾患の可能性を完全に排除して,この検査を実施せず,輸液を実施したことは,医師としての注意義
 務に違反したものというべきである。

  (1) 前記認定事実によれば,小児の心筋炎の臨床像は多様であり,臨床経過も種々であり,臨床
     診断が困難なことが知られている(乙2・606頁)。そもそも,学童期の心不全はその症例
     が少ないもので(甲38の文献6・160頁),心疾患の特徴的な症状として,呼吸困難や心
     拡大等があるが,初診時において,沙彩には,呼吸困難もなく,眼瞼浮腫はあったが,肝臓肥
     大も下腿浮腫もなかった。むしろ,血液検査の結果で,Hgb,Hctが年齢の割合に高く,
     血液濃縮があり,脱水症状を呈していたもので,その症状は,心筋炎の症状とは相反し,相当
     に複雑な病態を示していたものともいえる(甲36・◎◎医師の意見書)。■■鑑定も,「他
     の心不全徴侯がないのに,眼瞼浮腫だけで心不全徴侯とするのは一般的な症状の解釈とは思え
     ない」などとし,脱水症(又は水分摂取の低下,不足)と気管支肺炎とした担当医師の診断は
     妥当であって誤りであるとはいえないとする。また,昭和63年発行の「今日の小児診断指針
     」(乙28)には,心不全に伴う浮腫として「下肢に強い浮腫」とあり,前記認定のとおり,
     当時,沙彩の下肢に浮腫は出ていないことが担当医師によって確認されている。

  (2) しかしながら,前記認定事実によれば,沙彩は,その前のC医院の受診当時から感冒症状が
     継続し治療を受けたが,改善せず,同医院やB病院で肺炎の疑いあるいは気管支炎との診断を
     受けたが,一向に症状が改善しないため,控訴人由子らが何らかの異常を疑い,更にB病院小
     児科の受診を経て,和歌山県串本町の自宅から車で約1時間を要するその地域の基幹病院であ
     る本件病院を夜間に訪れたものである。そして,本件病院で初診をしたA医師は,控訴人由子
     からそれらの事情を聞いたのであるから,地域の基幹病院の医師としては,C医院やB病院で
     の感冒や気管支炎等の診断と治療で改善し得ない何らかの見逃された疾病罹患の可能性を含め
     広い範囲で診察,診断を行うべき注意義務を負うというべきである。
     しかるところ,同医師は,前記風邪様症状や消化器症状等の心筋炎前駆症状や血糖値が高い値
     であることを認識しつつ,下腿に浮腫がないことと血液濃縮があることから,両眼瞼が腫れて
     いるという状況を軽視し,心疾患の可能性を一方的に排除してしまい,基本的検査というべき
     心電図検査を行わなかった。
      浮腫については,小児科の心疾患の診断としても,下腿の浮腫に注目した文献(乙28)が
     ある一方で,他方,小児の場合には心不全の浮腫は下腿部よりも顔や腹部に出るのが特徴であ
     るであることを明確に指摘する文献(甲7),小児の心筋炎の症状として「また心不全に対す
     る代償反応として内因性カテコールアミンの分泌増加による末梢血管の収縮により身体全体が
     ひんやりとして蒼白傾向となり,異常な体重増加や重症であれば両眼瞼や外陰部の浮腫,年長
     児であれば下腿の浮腫,腹部膨満傾向が観察される。」との文献(甲14・819頁「小児科
     診療」平成元年4月号),更には,「顔面浮腫は,辺縁浮腫と比べ小児では普通にみられ,一
     方腹水と全身浮腫は稀である。しかし,年長の小児で,拘束性心膜疾患または重症心筋機能障
     害がある場合は別である。」と記述する昭和58年出版の英語の文献(甲38の文献5)もあ
     り,少なくとも,当時5歳の沙彩に下腿の浮腫がないことで心疾患の可能性を完全に排除して
     しまうのは,前記注意義務を負っている地域基幹病院の医師としては早計であったものといわ
     ざるを得ない。そして,血液濃縮のあったことも,心筋炎の可能性を排除して心電図検査を行
     わないことを正当化するまでのものとはいえない。

(3) △△の意見書(甲24,37),◎◎◎の意見書(甲36)及び●●●の意見書(乙14,24
   )及び■■鑑定の鑑定結果の中には,前記の初診時の担当医師の処置に注意義務違反がないとの趣
   旨を示している部分があり,いずれも当時の沙彩に心疾患を疑う諸症状が乏しかったことを挙げて
   いる。
    しかし,前記認定に係る沙彩が本件病院の診察を受けるまでの経過や本件病院が地域の基幹病院
   であること,心電図検査が入院時の基本的検査と位置付けられていることからしても,担当医師が
   直接心疾患を疑うべきであったかどうかはともかく,前記認定の事実関係の下で,担当医師が心疾
   患の可能性を完全に排除して基本的な検査である心電図検査までしなかった理由は全くないという
   べきであるから,これらの見解は採用できない。
    また,G医師の陳述書(乙29)には,眼瞼浮腫や腹痛は右心不全によって生じるものとされて
   いるのに,甲30からも,極めて重症の左室機能障害が存在したが,右心系の拡大がなかったもの
   で,後方視的に見ても,当初の眼瞼浮腫や腹痛は心不全によるものとは考えられないとの記載があ
   る。しかし,同陳述書は,後記のとおり,劇症30の心エコーの写真から沙彩は劇症型心筋炎に羅
   患していたと断定するもので,そもそもその信用性には疑問があるといわざるを得ず,更に,同写
   真から直ちに右心不全の状態が全くなかったとか,あるいは,前記認定のとおり,14日の夕方か
   ら16日の死亡直前まで継続して存在した沙彩の眼瞼の浮腫が心筋炎によるものでなかったとまで
   いえるのかどうか,前記認定の事実経過からも疑問であるといわざるを得ず,同陳述書の前記部分
   を採用することはできない。いずれにしても,乙29によっても,前記の判断は左右されるもので
   はない。

(4) このようにみてくると,前記認定の事実経過の下で,本件病院の担当医師は,前記の初診時にお
   いて,沙彩の年齢も考慮し,その輸液の指示の前に,心疾患の可能性を完全に排除できるのか否か
   を確認するためにも,少なくとも,心電図検査を実施すべき法的な注意義務があったものというべ
   きところ,同医師は,下腿に浮腫がない等の理由で,心疾患の可能性までも完全に排除してしまい
   心電図検査を実施せずに,輸液の指示をしたもので,この点で注意義務に違反した過失があったも
   のといわざるを得ない。

5 前記認定判断のとおり,沙彩は,遅くとも14日夕方の時点で既に心筋炎を発症していたものであり
 それ以前の症状が前駆症状と考えられること,更に,乙5の13の心電図や甲30のエコー写真,それ
 に本件各証拠からも,沙彩の心筋炎が前記のストークスアダムス発作によるものと認められる証拠もな
 いことに照らすと,その心筋炎は,少なくとも前記のストークスアダムスの発作による予後の極めて悪
 い心筋炎ではなかったものと推認される。そうとすると,初診時に少なくとも心電図検査を実施してい
 れば,何らかの異常が判明し,更に心エコー検査をすること等によって心筋炎との診断に達し,輸液を
 行うにしてもその量やスケジュールを調整した上で,前記のような心筋炎に対する治療や心臓の状態の
 監視をすることになったもので,そのようにしていれば,入院の後に実施された輸液によって症状を悪
 化させることもなく,沙彩の救命ができた高度の蓋然性があったものと認められ,したがって,上記注
 意義務違反により,心筋炎の症状が悪化し,それによって死亡するに至ったものであるといわざるをえ
 ない。

6 前記の認定判断によれば,沙彩は,本件病院の担当医師の過失によって死亡したものというべきであ
 り,その損害について検討すると,次のとおり認められる。

(1) 控訴人らが主張する治療費については,本件全証拠によっても,本件病院の担当医師の過失によ
   って控訴人らが具体的に不要な治療費を支払うなどして損害を被ったとまでは認められないし,ま
   た,その支払を証する証拠もない。また,前記認定事実によれば,沙彩を本件病院に入院させるこ
   と自体は必要であったと認められるから,控訴人ら主張に係る入院雑費及び付添看護費(2日分)
   も,相当因果関係がある損害とは認められない。

(2) 沙彩の逸失利益は,沙彩は当時5歳で,平成7年度の賃金センサスによる産業計,企業規模計,
   学歴計の女子労働者の平均年収が329万4200円であることから,生活費割合を3割として控
   除し,ライプニッツ方式により年5分の割合による中間利息を控除し,合計2221万8423円
   と認められる。
    329万4200円×(1−0.3)×9.6353=2221万8423円
    67歳までのライプニッツ係数=19.0288
    18歳までのライプニッツ係数=9.3935

(3) 沙彩の慰謝料は,一切の事情を考慮し2000万円と認められる。

(4) 控訴人らは,(2)(3)の合計額4221万8423円の損害賠償請求権を各2分の1の割合
   で相続した(各2110万9211円)。

(5) 更に,前記認定事実と弁論の全趣旨によると,控訴人ら各自の固有の慰謝料として各300万円
   控訴人茂樹が負担した葬祭料も損害として100万円が認められる。

(6) 弁護士費用は,控訴人茂樹が250万円,同由子が240万円と認められる。

(7) そうすると,控訴人茂樹は2760万9211円の,同由子は2650万9211円のそれぞれ
   損害賠償請求権を有するというべきである。

7 結論
  そうすると,控訴人らの各請求は,被控訴人に対し,民法715条により,控訴人茂樹は2760万
 9211円,同由子は2650万9211円と,それぞれ,その金額に対する沙彩が死亡した平成7年
 11月16日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その
 余は理由がない。そこで,控訴人らの各請求をいずれも棄却した原判決をこの趣旨に従って変更するこ
 ととし,主文のとおり判決する。


        大阪高等裁判所第12民事部

              裁判長裁判官   若 林   諒

                 裁判官   八 木 良 一

                 裁判官   三 木 昌 之