カンボジア日記

2003年3月13日〜17日 ステラツアーズ
ツアー代金  125800円+一人参加追加費21000円 

2003年3月13日

深夜,タイ航空でバンコクヘ行き,カンボジア・シェムリアップ行きに乗り換えた。

2003年3月14日

朝,8時半にシェムリアップの空港に着き,ビザを発行してもらい入国した。ビザは写真と20$だけで簡単に発行してくれた。
10:30〜12:30 旅行会社のトラブルでアンさん達と出会う時刻が遅れた(詳細はこちら)ので、観光の日程を変更してもらって、予定では3日目のコースをこの日にしてもらうことにした。まず、用意していた写真をアンさんに渡して観光パスポートを作ってもらった。料金は3日間で40$だが、これはツアー料金に含まれている。内部の美しい浮き彫りが印象的なプラサットクラヴァン寺院、王が沐浴した聖なる池スラスラン、微笑みの四面仏が見守るバンテアイクディ(僧坊の砦)、熱帯樹林が寺院に根を伸ばすタ・プローム、建設途中の姿をさらすタ・ケウ寺院、壁画を飾る繊細な浮き彫りトマノンを観光した。タ・プロームへの道沿いで頭にバナナの葉と花をつけた子ども達が歌っていた。可愛いなぁと思って写真を撮っていると、一斉にクモの子を散らすように向こうへ行ってしまった。その子達は観光客からお金をもらうためにそういうことをしていたのだが、その行為はいけない行為で、取り締まる係りの人が近づいて来たために逃げたようだった。予定に入っていたチャウサイ・デボーダはトマノンの近くにあって見えていたが、修復中でそばには行かなかった。

13:00〜14:30 昼食 秋篠宮夫妻が泊まった最高級ホテルソフィテル・ロイヤル・アンコール前にある中華レストランで飲茶。二人前みたいで多かった。とても食べきれなかった。食べ過ぎてしまった。隣の土産物屋さんを覗くが、特にほしいものはなかった。

15:00〜16:30 王都が現在のアンコール遺跡に移るまで王都がおかれていたロリュオスの遺跡郡観光。(アンコール都城の東西にあるメボン寺院と同じ意味を持っていたと言われるロレイ、プリア・コー(聖なる牛)、バコンを観光した。バコンの前に小学校があって日本人の若い男性が少年達とサッカーをしていた。女の子達はゴム飛びをしていた。みんな元気である。

夕食 市内レストランでカンボジア料理。美味しいが、昼食が遅かったのと午後の観光が早く終わったので、お腹がすいていなくてほとんど残してしまった。それにやはり2人前ぐらいあった。終わりにウェートレスが美味しくなかったのかとアンさんに訊いていた。私はお腹がいっぱいなので食べきれない、美味しいと謝った。特に焼きそばが美味しかった。スープや野菜の炒め物も食べやすい味だった。もう終わりと思って立とうとしたら、デザートのかぼちゃプリンは美味しいからぜひ食べてみてと言われ、それくらいなら食べられるだろうと待つことにした。やはり今までに食べたことのない食感で美味しかった。
隣に日本人の女の子が2人座っていた。初め、日本人とは思えなかったし、年齢も中年だろうと思った。何故かというと、2人ともすごい厚化粧で髪をアップしていたからだ。目の周りなんか舞台メークそのもの。でも2人の声を聞いて若い日本人だということがわかった。つまり、彼女達はカンボジア観光客で、カンボジアメークをしてドレスを着て記念撮影をしたのだろう。
西の空を見ると夕焼けが見えなかったので、明朝のサンライズは期待できないと思い、アンさんと相談してサンライズは明後日にしてもらうことにした。

両替 関空R銀行で 30000円→248$(レート1$=120.95円。後で気づいたのだが隣の銀行では120.90円だった。)
旅行後の残金 10$+2000リエル
入国ビザ 20$
枕チップ 1$
アンコールビール3$(旅行会社のおごり)
水 1$
計 22$

15日

予定では1日目のコースをこの日に変更して観光した。8:30出発。アンコールトムへ行く途中、気球が見えた。あれは何かと訊くと、11$で乗れると言う。一人でも10分待てば乗れるとのことで、ちょっと怖い感じもしたが、気球は以前から乗ってみたいと思っていたのでトライした。ここの気球はヘリウムガスを詰めていて、ワイヤーで引っ張って止めている。そのワイヤーをモーターで徐々に弛めていって高度を高めるというわけだ。ここの気球はできてまだ新しいということなので事故はなかろうと思った。熱気球の事故はたまにあるようだが。乗ってみれば浮かび上がる最初だけガックンとくるぐらいだ。高いところから、アンコールワットが見えた。ただ、残念なことに朝ということで霧が少しかかっていた。まあ、それも幽玄な雰囲気を醸し出しているといえるだろう。
 アンコールトムの前で結婚の記念撮影をしていたので見ていたらアンさんの知り合いだったので、一緒に記念撮影をさせてもらった。オカマの美容師さんについては別に記す。
 その後、王朝最大の都城跡アンコールトムを観光。バイヨン寺院は顔・顔・顔で独特な個性を放っていた。象のテラス、ライ王のテラス、王宮、ピミアナカスを観光。パプーオンは修復中で行かなかった

 昼食は市内レストラン(北京何とかと書いていた。近くに何軒かゲストハウスがあってバックパッカーがいた。)で。ホテルで休憩して3時にホテルを出て東洋の神秘アンコールワット観光。ここはやはりこの旅のメインスポット。畏怖堂々としたその佇まいはやはり素晴らしい。しかし、なんといっても印象深いのは中央祠堂(しどう)への急な階段。また、ここのデバダーの胸部は妙に黒光りしていた。触ると幸せになると信じられている。
 プノンバケンの丘から夕日を見た。ただし、夕日は途中で雲に隠れてしまった。夕日に映えるアンコールワットは残念ながら見られなかった。ここも丘に登る崖道が印象深い。
 夕食は市内レストラン「バイヨンT」で影絵を見ながら鍋料理。量がちょうどよく、あっさりして美味しい。影絵は子ども達が学費稼ぎのためにやっているそうだ。

バルーン 11$
拓本3枚 2.5$
スカーフ 1$
ファンタ 1$(2000リエル=0.5$と書いていたが)
水 1$
計 16.5$

16日

早朝5時半にホテルを出て朝日のアンコールワット鑑賞。その後いったん朝食を食べて8時出発。1時間くらいかけてバンテアイ・スレイへ。ここはアンコール遺跡の中でも造形美が群を抜いて洗練され優美な遺跡だ。フランスの作家アンドレ・マルローがその美しさのあまり盗もうとしたデバター(女神のレリーフ)は綱を張っていて見られない。それに似ているデバダーを用意していた双眼鏡を使って見た。彫りが深く、赤茶色の色が綺麗。そこから更に30分ほどガタガタ道を行って水中王国クバル・スピアンの麓に着いた。駐車場からは歩いて山登り。ガイドブックには40分とあったが、休み休み行ったので1時間かかった。遺跡自体はたいしたことなかった。ちょうど日曜だったのでハイキングに来ているカンボジア人達がいた。山登りのこと、アンさんとの会話が印象に残っている。
駐車場横の食堂で弁当を食べた。この弁当は、朝、オールドマーケットにある日本食レストランで買ってきてくれたものだ。おむすび、唐揚げ、玉子焼き等が入っていたが味はイマイチ。アンさんは食堂で注文したものを食べた。アンさんに勧められ、アンさんが食べていたチキンを細かく刻んで野菜と炒めたものを食べたが美味しかった。日本人はこういう食堂の料理は衛生面で嫌がる人もいるので、ツアーでは弁当としているみたいだ。私は元々、チキンはあまり好きではない。それがカンボジアのチキン料理は私には合う。とても美味しく感じられるのだ。カンボジアの鶏は、元気に外を歩き回っているから身がしまっていて、それが美味しい理由だと思う。今回はツアーにすべて料理が組み込まれていたため、自分で外へ食べにいくということはなかった。もし、今度カンボジアに来られる機会があれば、ぜひ屋台料理も食べてみたいと思う。
午後は、ホテルには戻らず、観光。王族の火葬の儀式が行われたプレループ、かつての貯水池に立つ寺院東メボン、大池に浮かぶ寺院ニャックポワン、チャンパ軍との戦勝記念プリヤ・カーン。
ホテルにいったん戻り、夜になってからレストラン「トンレサップ」へ。そこは、バイキング形式になっていて、食事をしながら、舞踊を見た。内戦で踊り手の9割が殺されたというが、残った人たちが子ども達に教えて復活させている。最後の演目、アプサラの踊りは、お尻を強調する踊りだ。踊りが終わると、アンさんに促され、舞台に登って、踊り手達との記念写真を撮ってもらった。そして、アンさんに、「アプサラの踊りはお尻を突き出す踊りですね」と言ったら、「日本ではああいうお尻のことを何と言いますか?」と訊かれた。それで「でっちりと言いますが、今の若い子は知らない言葉かもしれません。かっこよく言えば、ヒップアップともいいます。」と答えておいた。それと、大きな胸のことは何というかとも訊かれたので、昔はボインと言ったが、今は巨乳という、ということも教えてあげた。

テーブルクロス 5.5$(問屋では4$らしい)
トイレチップ 500リエル
ココナッツジュース 1$
スプライト 1$
タイガービール 2$
計 9.5$

17日

朝、起きたら、やはり疲れが体のあちこちに残っていた。でも、観光最終日で、その内容も楽そうだったので安心した。30分ほどかけて、途中ガタガタ道を経てトンレサップ湖まで行った。船乗り場は臭かった。死んだ小さな魚がたくさん地面にあった。船乗り場は油で魚が死んでしまうのでこういう悪臭を放つそうだ。しかし、湖に出てしまえば臭いはない。私たちの船は17歳くらいと12歳くらいの少年が船頭をしてくれた。まず、湖に浮かぶ小学校が見えてきた。子ども達が行儀良く勉強をしていた。カンボジアではまだ3割の子どもは学校へ行けない。勉強できる子は恵まれている。行きたくても行けない子どもが大勢いるという状況では、学校へ行ける子どもは、きっとしっかり勉強するだろう。日本のような学級崩壊、不登校なんてありえないことだろう。そして湖に浮かぶ家々が見えてきた。アンさんによれば、家の位置は固定していなくて、隣の家が嫌いであれば移動する。そういう点は便利だなと感心した。魚の博物館に寄るというので、船を泊めて上がったら、確かに水槽に入った魚がたくさんあったが、メインは土産物屋さん。ただで、ゆでたエビを出してくれた。そうなると、何か飲み物を頼まなければならない状況になり、缶ジュース(1$)を買った。中身は日本にはない果物のジュースだった。再び、水上小学校の前を通ったら、ちょうど下校の時間で、子ども達だけで舟に乗って帰る様子が見えた。
市内のレストランでカンボジア料理を食べ、ホテルに戻った。3時にホテルを出てオールドマーケットへ行った。焼きバナナを食べ、写真をたくさん撮った。シルクのバッグ、Tシャツを買ったら、ポシェットをおまけしてくれた。5時まで買い物をしていいと言われていたが、4時半には、もう見るものもなくなり、車に戻った。空港に行くにはまだ早かったので、アンさんは地雷博物館に案内してくれた。ツアーに入っていなく、その存在も知らなかったが、行ってみてよかった。
空港でアンさんは「また会いたいです。ぜひ来て下さい、顔覚えています。」と言って名刺をくれた。お愛想言葉かもしれないが、うれしかった。同じことを私も考えていた。アンさんと色々なことを話し、今のカンボジアを垣間見ることができた。これから、アンさんはどんな人生を送るのだろう。そして私は・・・。カンボジアはどう変わっていくのだろう。いつか、もう一度、シュリムアップを再訪したい。そしてアンさんに会ってみたい。

バンコクからの機内で読んだ新聞に、世界のあちこちで原因不明の肺炎で死者が出ているという記事が出ていた。カンボジアは入っていなかったが、たいへんな事件だと思った。案の定、帰宅すると、父に、「おまえ移ってきていないか。」と言われた。

シルクバッグ(35$+20$)、Tシャツ2$(ホントは3枚5$らしい)、ポシェット5$を50$で
焼きバナナ 1$
地雷博物館 写真集7$ My Story3$
エスティローダーセット 88$(3600バーツ)
クッキー2箱 8$(300バーツ)
空港税 15$
チップ 15$
ツアー中に使ったお金合計 187$
写真(同時CD580円+現像料400円)×9×1.05=9261円

知ったこと  写真