1月3日(土) サランコットの丘

5時15分にモーニングコールがあり,6時に出発した。サランコットまでハイキングだ。朝食の弁当は昨日とは違い,ちゃんとあった。車で麓まで行った。そこには展望台があり,大勢の人が日の出を待っていた。三脚をセットし,日の出を待った。ヒマラヤがオレンジ色に染まった。オレンジ色がやがて白に変わると撮影をやめた。




展望台から頂上までハイキング。朝日に映えて人々の顔が美しい。

水くみの少女達,顔を洗うおばさん,一日の始まりだ。



昨日と違って,坂道がけっこうきつかった。こういうときのために,もう少し体重を落としておかねばならないなと思った。私よりOさんは9歳上,Kさんは5歳上だが二人とも小柄でスリムなので,先に歩いて行った。


皆に遅れながらも,やっと頂上に着いた。汗をかいたのでフリースを脱いで長袖シャツだけになった。朝食の弁当を食べた。メニューはバナナ,ゆで卵,サンドイッチ,オレンジ。マチャプチャレ,アンナプルナ,川,集落がよく見えた。そして左奥にダウラギリ(8167m)が見えた。しかし,途中の展望台には人が大勢いたのに,どうしてここには私達の他にはいないのだろう。しんどいからここまで来ないのだろうか。

フリースを再び着て下りた。サランコット保存のための寄付を言われたので50ルピー寄付した。そしてノートに名前と金額を記した。上るときはしんどくて景色を楽しむ余裕はなかったが,帰りは景色を楽しみながら下りた。





のどの痛みを感じたので,ホテルに戻ると風邪薬を飲んだ。胃がからっぽだったが,早めに飲んだ方がよいだろうと思った。ホテルの屋上に上ってみた。ヒマラヤとポカラの町のコントラストが美しかった。コンクリートの上に寝そべると暖かくて気持ちよかった。観光もいいけど,のんびりこうしているのもいいなと思った。

昼食をとるために,浩宮殿下が宿泊したことがあるペワ湖畔のフィッシュテールロッジへ行った。そこに行くにはいかだで行く。そのいかだはロープを人の手で引っ張ることで動く。力が要るようでけっこう大変そうだなと思った。それに単純な仕事を続けるのも辛抱がいることだろうと思った。

レストランに入るとチャールズ皇太子をはじめ,各国の王室の方々の写真が掲示されていて,そこが由緒ある所だということがよくわかった。
客は私達だけだった。そこでも,自分たちで料理を選べるということだったが,メニューを見ても何を選んでよいのやら決めかねたのでアロンさんに適当に注文してもらった。それで食べたのがモモ,ナシゴレン,チキンの唐揚げ,チキンスケワーオリエンタル(チキンの煮込みとサフランライスなど),生野菜。まあまあの味。

午後は,自由だったので,サイクリングをすることにした。湖のそばの道端で何カ所か貸し自転車屋をやっているのを目にしていた。レストランから一番近い所で自転車を借りることにした。2時から5時までで100ルピーと言ってきた。それから色々やりとりがあって80ルピーにしてもらった。でも,それは後からわかったのだが相場としては高かった。というのは,自転車を返すとき,白人の女の子が20ルピーしか払っていなかったからだ。店の人は彼女は1時間だからと言っていたが,それだったら20×3の60ルピーだろう。Kさんは文句を言っていたが,私としては80ルピーは日本円にして130円で,そんなに文句を言わなくてもと思っていた。
私が借りたのはギヤなしだった。マウンテンバイクに試乗してみたが,今までに乗ったことがなく,ハンドルが使いにくかった。それで乗り慣れたごく普通の自転車にしたのだ。その時は,Kさんも同じタイプを借りたと思っていた。

しばらく走ると田んぼが見えてきた。区画は小さく,形も色々。牛が湖のそばの湿地に生えている草を食べていた。上り坂が続いた。ギヤなしなのできつかった。Kさんの自転車をよく見ると,ギヤチェンジができるものだった。私が一こぎする間に足を何回も回していた。楽そうだった。失敗したと思ったが,仕方ない。フーフー言いながら坂道をこいでいったが,とうとう耐えられなくなって,自転車をつくことにした。少しなだらかになれば再びこぐといった具合だ。

石を間に置いて卓球に興じる子ども達をあちこちで見た。日本の子ども達はこういう外遊びをしなくなった。
北へ行く大通りは,ずっと上り坂だった。頑張った。隣を見ると,Kさんは平気な顔をしている。Kさんに言って,しばらくの間,自転車を換えてもらうことにした。なんと楽なんだろうと思った。昨日行ったオールドバザールへ行こうと,地図を頼りに行ってみたが,場所がわからなかった。仕方なく南へ向かってホテルへ帰るつもりだった。道を一本間違えたようでニューバザールまで来てしまった。そこを通り過ぎると,空港が見えた。西へ行かねばと,細い道を行った。人があまり通っていなくて不安だった。しばらく行くと,道の両側に広い敷地が見えた。向こうに見える建物に「ポリス」と書いていた。道ばたに長い銃を持った警備の人が立っていた。止められるかと思ったが,そちらに向かって笑顔を見せながら通ると止められなかった。ほっとした。見覚えのある山頂が見えた。それはペワ湖の向こう側に見えていた山。そして,見覚えのある通りが見えた。戻ることができて安心した。

土産物屋を物色した。Kさんは驚くほど買っていた。私は,色柄が気に入ったパシュミナのショールを1枚と,チベットのネックレス2本を買った。

夕飯はツアーについていなかったので,Oさん,Kさん,私の3人で食べに行くことにした。地球の歩き方に載っていて,ホテルから近い日本料理店「たべものや」に行った。そこは「風の旅行社」の裏手にある。シェフのおすすめコースを注文した。550ルピーと手頃な値段だ。日本の家庭料理が中心で美味しかったが,量がとても多く,残してしまった。ウエイターさんが美味しくなかったのかと聞いたので,美味しいが量が多すぎると答えておいた。ロキシー(地酒)がついていて,日本酒に似た味で飲みやすいと思った。しかし,これは本来のロキシーよりはずっとアルコール度が低いものだったということが後にわかることになる。