編集・発行 和歌山寺子屋
このホームページはインティッキ大学ブッシュグレア研究室で編集しています。

学問にとって平安の大道はない。その険しい山道をよじのぼる苦労
をおそれない人々のみが、その輝く頂上に立つ幸せをもつのです。
           マルクス

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和歌山寺子屋(実験中)哲学部

「ヘーゲル『小論理学』を読む」を買わされて

エンゲルスの足跡をたどる

「量的変化が質的変化に転化する」再論

物質の哲学的概念と自然科学的概念

物質、量から質への法則などをめぐって

S・Aさんからのまじめな御批判に感謝して

エピクロスへの感謝と悪夢

第六回勉強会へのメモ(8月4日)

武谷論理学についての雑感

灰色の理論と緑の樹


草稿完全復刻版 「ドイツ・イデオロギー」(渋谷訳)に思う・1998,6


 


物質の哲学的概念についての雑感
「唯物論と経験批判論」をめぐって  

 

中江兆民論


リンク



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「ヘーゲル『小論理学』を読む」を買わされて


  またも学習協松野理事長に本を買わされた。「ヘーゲル『小論理学』を読む」と
いう広島県学習協編の本である。広告を見て心を引かれていた本だったから「退職
したら読もうかな」と思って買った。あまり売れそうもない五〇〇ページを越す本
が、上下各三千円というのは安い。
 「ヘーゲル論理学」には、あこがれて挑戦したことがあるが、高い壁に阻まれて
ばかりいる。私の手許の「大論理学」は岩波書店刊・武市健人訳のものだが、その
「上巻の一」は、バラバラにしてホッチキスで止めている。若い頃、毎日持ち歩い
ても読み解こうと志したからである。その後、古生物学の井尻正二先生の「ヘーゲ
ル大論理学に学ぶ」「ヘーゲル精神現象学に学ぶ」も持っているし、見田石介先生
の講義記録「ヘーゲル大論理学研究」(全三巻)も買いそろえてはいる。見田先生
の講義録で言えば、本論はむずかしくて、補論みたいな部分だけを選んで読んだ覚
えがある。
  今日、一〇月十一日。昨日は午前中ハンドマイク隊、午後はビラまき、夕方は宣
伝カーでフル回転した疲れで、一日寝てしまった。起き出してせっかく買ったのだ
からと「ヘーゲル『小論理学』を読む」のページをくってみた。
 見田門下の鰺坂先生が「発刊によせて」を書いておられる。それを読むと、この
著者は、鰺坂先生のヘーゲル講座に通いながら、見田・鰺坂のヘーゲル解釈を越え
ようとされている(一定の異論を唱えている)ことを知った。野次馬根性の私とし
ては、いろめかざるを得ない。著者は、広島の「東洋工業(現・マツダ)」という
大企業に勤めながら弁護士資格を取られた方のようである。しかも国政選挙や知事
選挙に日本共産党などから押されて出たこともあるかたである。

 ページを繰ってみた。久しぶりに赤ペンを手にして読み始めた。「小論理学」と
いうものの位置づけを初めて知った。「大論理学」はヘーゲルの比較的若い頃の著
作である。後に、自分の哲学大系を「エンサイクロペディ」としてまとめた際に、
仕上げたのが「小論理学」だという。「大論理学」は推敲し切れていない部分があ
ったようなことがかかれている。どこだかひっくり返してみるが、見つからない。
それに比べて「小論理学」の方は、コンパクトだがヘーゲルが最終的に仕上げた著
作だと著者は考えているようだ。
  これまで私は、「『小論理学』というのもあるが、ヘーゲルを理解するには『大
論理学』を読まなくてはダメだ」という解説を読んできた。だから、高い岩波の本
をバラバラにすることまでもしたのである。この「小論理学」の位置づけは、若き
ヘーゲルの「精神現象学」に弁証法的な鋭さがあるという評価や、「大論理学」で
も、初めの「有論」に弁証法の鋭さがあって「概念論」では保守主義になっている
という評価(著者はそれを批判する)とも、おそらく関連しよう。
  定年退職をまたずに虜になりそうな本である。

* 本箱から「小論理学(上)」(岩波文庫)を取り出した。
 「1975,11,9読み終わり、ただし、なにもわからず」と記されている。
  二〇歳代の終わり、支部書記長をしていたころに読んだことになる。

			

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エンゲルスの足跡をたどる

  不破さんが、「自然弁証法」について書いた。
  和歌山書店の店頭で「科学と思想」(No.65)を見て、「しめた」と思った。「こい
つで、A・Sさんをやっつけてやれ」
  わたしは、エンゲルスの「自然弁証法」の重要な個所に疑問をもっている。宮原将平さ
んも、井尻正二さんも観点は違うが疑問を提出しているから、不破さんも、何かいうだろ
う。私の疑問をこてんぱんに批判したA・Sさんの鼻をあかしてやろうと思ったのである。
  権威主義と官僚主義がだいきらいなブッシュグレアー氏らしくない発想である。結果は、
私のなまくらな「期待」に応えてくれなかった。しかし、私は、おおいに刺激をうけてM
・E全集を引っ張り出した。その第三八巻は、かびでくっついて箱からでなかったのであ
る。
  かびをはやしておくようなことでA・Sさんに太刀打ちできない。頑張らなくっちゃ。

                         ブッシュ・グレア      
			

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「量的変化が質的変化に転化する」再論
ブッシュ・グレア


「量から質への転化」の法則についての、拙論への批判的コメントをいただいたことに感
謝します。  
 ところで、コメントは、私が、「量的変化」と「質的変化」を、機械的に区別している
のではないかとご心配いただいているようです。その心配はいらないと思っています。

 私が、労働学校で話す例のひとつを上げましょう。
 「国会で、革新統一戦線勢力が量的にふえる。国会で多数を占め、民主連合政府をうち
たてることによって、政府・国会を質的にかえることになります。これは、量的変化が質
的変化に転化する一例です。
 ところで、この例では、和歌山選出の革新議員は、量の一部としてあつかわれています。
しかし、その議員に焦点をあててみた場合、民主主義・政治革新を願う県民の力の量的蓄
積が、革新議員の当選という質的変化をうんで送り出されたものです。さらに、「県民の
力の量的蓄積」のひとつ、「うちのおばあちゃんが、初めて野間さんに入れてきた」とい
うことをとって見ると、その背後には、医療・年金改悪などの自民党の悪政、自民党政治
出はだめなのよと語り掛ける孫娘の働きかけなどの量的蓄積があっての質的変化なので
す。」
 私が、「不連続量だから量的変化でない」と理解しているとお考えなら、その点の心配
は拭い去って、拙論をお読みいただきたい
 私の論点は次の点にあるのです。
 原子番号(陽子・電子の数)が、1、2、3、4とふえることに対応して、物質の性質
が、H He Li  Beと変化するのは、「量的変化が質的変化に転化する」法則の例として
上げるのは適当でない、エネルギー(運動・力・作用)の量的蓄積が、ある段階で質的変
化をもたらすのとは、同列に論じられない。
 再度のご批判をお待ちします。
                   インティッキ大学研究室にて  
		
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物質の哲学的概念と自然科学的概念
一九八七、六


一 昨日買って来た「科学と思想」NO65に鈴木茂の、中野徹三批判がのせられている。
パラパラ読んだ。 今日、「マテリアル・ガール」マドンナが話題になっていた。二つの
ことが重なって、「マティアリアル」物質の哲学的概念について、日ごろ考えていたこと
を書きたくなった。
 私は、「食後に批判を」というより「一杯飲んで批判を」という口だから、書きたくな
る動機も、ご覧のように、哲学的崇高さを欠いている。
二 私の、以前からの問題意識の一つは、物質の哲学的概念と、自然科学的概念は、どう
いう関係にあるのかということである。結論から先にいえば、両者は、同一のものを対象
としている。その違いは、認識に於ける、哲学と、自然科学の任務の違いからくる。 哲
学に於ける物質とは、意識から独立した存在ということである。ここでは、物質が、どん
な性質をもつのか、何から構成されるのかと言うことは問題にされない。そのことは、自
然科学にまかされる。言わば、物質の哲学的概念という物は、しっかりした、しかし中身
は問題にされない枠組みである。中身の探求は、自然科学にまかされる。しかし、前者が
作った枠組みと、後者が探求する中身とが、ずれることはない。
三 ところが、通説は、物質の哲学的概念と、自然科学的概念は、別物だと主張している
ように思われる。いわく、「哲学的にいえば、『ストライキも物質です。』『歴史も物質で
す』『法則だって物質です。』しかし、自然科学的概念からいえば、物質とは言わないで
しょう。」          
  私にいわせれば、ストライキは、運動する物質以外の何ものでもありえない。歴史もし
かり。法則も、物質の運動形態の総括である。もちろん、ストライキの研究は、自然科学
の任務ではなく、社会科学の任務であるが。
  そこで、通説論者は答える。「ひとつひとつのストライキは、人間の運動だということ
は認める。しかし、ストライキ一般というものは、見たり、触ったりできない。しかし、
存在する。」      
  ここで、論点は移されている。「概念は物質か」・・・「法則は物質か」という問題も、
同じレベルの問題と見ていい。
  人間が、客観的に存在する外界を認識する上で、その結節点となるものが「概念」であ
り、さらに大きく総括したものが法則であろう。運動する物質の意識への理論化された反
映といってもいい。原子の概念をとっても、リンゴの概念をとっても、ストライキの概念
をとっても、本質的な違いはない。この「概念」を取り出して、「哲学的には物質だが、
自然科学的には物質と言わない」など論じて、何か意味があるのだろうか。
四 優等生Aさんの声が聞こえる。「だれが『哲学的には物質だが、自然科学的には物質
と言わない』など言っているのか。Sさんの独り相撲ではないか。」気がついてみると、
ワープロにもたれて、居眠りをしていた。(S)

		
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物質、量から質への法則などをめぐって
           ブッシュ・グレア氏への返事にかえて   A・S


 わが「寺小屋」の勉強会を立ち聞きしたらしいどこかの寺の子が、得体の知れないマテ
リアル(物質)を飲んで二日酔いをおこしたらしい。
  法則をストライキや歴史と同列において「哲学的にいえば物質です」という通説を支持
したりしている。

  近くにあるブッシュ・グレア寺院あたりで通用している通説かもしれないが、そこには、
この通説の論者がすんでいて「ストライキは存在する。しかし、見たり、触ったり出来な
い」と寺の子をそそのかしているらしい。どこかで聞いた言葉だと思って、エンゲルスの
「自然弁証法」をくってみたらあった。「われわれはサクランボやすももなら食べること
はできようが、果物を食べることはできないのだ。それは、だれひとり果物その物を食べ
たものはないのだから。」(全集二十巻P544)
  そそのかされたたちぎき子は「『概念は物質か』・・『法則は物質か』という問題も、同
じレベルの問題とみていい」など口ばしっている。この子の飲んだマテリアルには、不可
知論系マドンナ酒が相当多量にふくまれていたらしく、性転換を引き起こしかねない危険
状態に一時は陥った形跡がある。
  だから、酔いがさめても「哲学的には物質だが、自然科学的には、物質とはいわない」
などの物質の哲学的概念と自然科学的概念を形而上学的二律背反でとらえる自分の非歴史
性にまだ気がついていない。   基本的には偉大な唯物論者でありながら、表現の不正確
さが反動哲学者に好かれたディーツゲン(ドイツの哲学者・エンゲルスの友)を擁護しな
がら、その「明瞭なあやまり」をただしたレーニンの次の二句が気つけ薬になりはしない
かと思って抜き出しておいた。
(1)「思惟(したがって、意識・法則・概念・思想も同じことだ・・・SA)を物質とよぶ
ことは、唯物論と観念論との混同に向かって誤った一歩をふみだすことを意味する」(『唯
物論と経験批判論』全集一四P294)
(2)「物質野概念のなかに思惟をふくませるべきだということ」「これは混乱である。なぜ
なら、そういうふうにふくませる場合には」「物質と精神、唯物論と観念論との認識論的
な対置は意味を失うからである」(同前P296)・・・つまり、性質転換に陥るからだ。
  ブッシュ・グレア寺院で今ひとつ思い出した。「量から質への法則への疑問」をよこし
た人も、たしかブッシュ・グレアと名乗っていたと思う。このひとは「一ぱい飲んで批判
を」なんて言わないで、趣味よく「コップ一杯の水も水、池一杯の水も水は水」といった、
話に甘んじておられた清貧の人。
  ところが先の立ち聞き子とどこか共通のなまりがあって、唯物論の標準語がどうも不得
手らしい。注意深く聞いてみよう。
  「自然においては質的変化は、ただ物質または運動の量的増加か量的減少かによっての
みおこりうる」(エンゲルス「自然弁証法」全集二〇P380)のなかの「『運動の・・
・』には問題はない。『物質の・・』の方がよくわからない。」といった具合である。
  立ち聞き氏と共通しているのはきかれる通り、要するに「物質」なのである。この物質
と運動の関係、物質そのもの、運動そのものと人間の認識の関係、つまり存在と認識論の
それぞれの中心問題のひとつにたいする明快な模範回答はさきに引用したエンゲルスの
「自然弁証法」の同じページに既にでているのである。                       
 少しながいが、これは立ち聞きではすまされない。
  「物質(der Stott,die Materie)とは、物質という概念がそこから抽象され的た所の諸
物質の総体にほかならず、運動そのものとは感覚的に知覚しうるあらゆる運動の総体にほ
かならない。すなはち、物質と運動という言葉は、われわれの感性的に知りうるものをそ
れらに共有されている性質にしたがって総括するところの略語である」(全集二十 P5
44、このつづきも大切)
  この哲学を二大じ陣営に分ける分岐点さえはっきりすれば、B・G氏がだしている質量
転換についてのいくつかの疑問は、第二十巻の学習会までそっくり氏の演習問題にしてい
ただいていいものだ。  
  イレギュラーの氏が、「寺小屋」レギュラーになられる日が楽しみである。それについ
でながら、井尻正二大先生が「経済」一九八五年九月号で出されていた五つほどの疑問の
うち「量が同じでも質が異なる場合」のなかの二例、C4H10(ブタンとイソブタン)
とC2H6O2(メチルアルコールとエチルエーテル)のうち、C5H12についてもエ
ンゲルスが「COHの原子を、分子内では同じだけ持ちながら、しかも性質的には異なる
二ないしそれ以上の異性体が生じる」(全集二十、P383)理由を説明していることを
付け加えておきたい。  
  ところで「量は同じでも・・・」のケースは別として、BG氏が「量の変化とされてい
るものが・・1、2、3、という不連続数である点で、この法則の例として、適当でない
ように思われる」とした疑問は、立ち聞き氏の、ついこのあいだの経験が「不連続数」の
量的変化に起因する、正気から二日酔いへの「連続的移行」を偶然にも証明したことによ
って大きく解消に向かったのではないかと思われる。
  アルコールについてのエンゲルスの化学的説明を、その際、参考にしてもらうのもひと
つの方法かもしれない。
 「C3H6の量的付加がいかなる質的区別をもたらしうるかは、どうにか飲める形にし
たエチルアルコールC2H6Oを、他のアルコール類と混ぜないで飲んだ場合と、同じエ
チルアルコールを飲むにしても、今度は悪名高いフーゲル酒の主成分をなすアーミルアル
コールC5H12Oを少量つけくわえておいた場合の、二つの場合の経験が教えてくれる
だろう」(「自然弁証法」全集二十、P383)
  「マテリアル・ガール」マドンナ・ブランド酒の化学組成がCnH2n+2O(第一ア
ルコール系)か、はたまたCnH2nO(第一アルコール系)かはさておいて、エンゲル
スの結論をきこう。
  「われわれの頭は、翌朝には確実に、しかも、頭痛とともにこれをさとるだろう。だか
ら、酔いとその後の二日酔いとは、一方はエチルアルコールの、他方はこれにつけ加えら
れたC3H6の、ともにおなじく質に転化された量だとさえ言えるのである。」(同前・
同P)
             ◇       ◇      ◇       ◇         ◇
  さいごにひとこと、わが寺小屋(寺子屋ーでないことに注意)メンバーのほこりと名誉
のために。
  わが寺小屋レギュラー・メンバーのなかには「食後に批判を」というスローガンの歴史
的意義を熟知しているものはいても「一ぱい飲んで批判を」という”哲学的崇高さを欠い
た”人はひとりもいないということである。
  「食後に批判を」ーこの唯物論的で、というのは、人間の意識は存在に規定されており、
批判するためには、何よりも生きるためには、人間は、まず「食べ」なくてはならない、
という原理にたっている点で、かつそれゆえにヒューマニスティックなーこのスローガン
は、マルクス・エンゲルスが、インターナショナルを準備する時期に生まれた。

  わが日本でも、「1960年安保」のたたかいのなかで「グルッペ(ドイツ語=英語の
グループ)・食後に批判を」が生まれ「声なき声の人の会」などとともに東京でフランス
デモなどに参加した記録がある。
  それとともに、エンゲルスが「人間は・・・政治や宗教や哲学などをいとなんだりする
ことができる以前に、まずもって食い、飲み、住み、着なければならず、したがって働か
なくてはならないという、明白な、だがこれまで全く見過ごされてきた事実」(「カール
・マルクス」全集一九・P111)を強調したように、「飲み」もまた人間生活の基本の
ひとつー第一ではないにしてもーであることを「見すごし」てはならない。(とくに、「飲
まず、食わずに・・・する」という恐ろしい言葉のある日本では!)          
  これもまたわが寺小屋レギュラー・メンバーの科学的ヒューマニズムに立つ確信である
ことをつけくわえておきたい。
(一九八七・七・二一)

		
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 S・Aさんからのまじめな御批判に感謝して

 S・Aさんから、「寺子屋」No.3所収の拙文に、まじめな御批判をいただいたこと
に心から感謝する。まじめな批判に対しては、いっぱいきげんは振り捨て、まじめに私の
考えていることを述べてみたい。
(1)まず、「通説」について
  わたし得意の「ワープロにもたれていねむりを・・」と逃げをうっておいたように、私
の言う通説が「通説」なのか「俗説」なのかについては、十分な確かめをしていなかった
ことは、お詫びしておきたい。
  しかし、そういう「説明」を、私は何度かきいて、疑問をもってきた。その疑問をもと
にして、問題を整理しようとしたのが、No.3の拙文であった。「法則だって物質です」
という言い方は、武谷三男「現代の理論的諸問題」(岩波書店)の中の「現代の理論的課
題」という論文の書き出しにある。

 「唯物論では、物質は意識の外にあるすべてをいうきわめて一般的なカテゴリーであっ
て、法則だって物質です。」
(2)「物質の概念」についての私が提起した問題を、「哲学と自然科学の対象のちがい」と
いうことからきりかえされているのは、問題の本質をついていない。それなら、「物質の
社会科学的概念」についても論議せねばならなくなる。
 「人間の歴史的社会を・・・・自然からの発達として記述する・・」(戸坂)という立
場たって、「物質の哲学的概念と、個別科学でいう物質との関係いかに」ということが、
私の疑問・問題意識なのである。
(3)以上の問題意識にたいする私の回答は、「両者の対象は同じである。一方は、しっかり
したワクぐみを定め、他方は、物質の構造・運動などを研究することを任務とする。」と
いうものである。したがって「・・・・は、哲学の概念からいえば物質だ」という言い方
はおかしい、なぜなら、この言い方は「・・・は、個別科学的には物質とはいわないけれ
ど」ということをふくんでいるからである。
 このことが、自明のことであれば、問題はない。  
(4)しかし、学習会で、出される疑問に答えるために、問題を整理しなくてはならない。
「ストライキは物質ですか?」
 この質問が、「リンゴは物質ですか?」という質問とは、違っていることがお分かりだ
ろうか。質問者の頭にうかんでいることは、違っている。違っているから、「リンゴは・
・・」という質問は出ないのに「ストライキは・・・」という質問がでるわけである。
 どう違うのか。「リ」で思い浮かべているのは、昨日かじったあのリンゴである。「ス」
という質問をするとき、頭にうかんでいるのは「ストライキというもの」であう。
ここで、「意識から独立した・・・・」という説明で、すべて解決した顔をしていられな
くなる。「リ」で頭にうかんでいるのは、「個別的なもの」であり「ス」で考えられてい
るのは「一般的なもの・概念」であるということをくみとって、疑問に答えなくてはなら
なくなる。
 そこで、整理すべき問題として、「概念は物質か」「法則・理論は物質か」「私の意識か
ら独立して存在する他人の意識は物質か」という問題が生じる。(5)以上のことをふまえて、
拙論を読み返していただければ、もう少し説得的な、反論を書きたくなられるであろう。
たとえ一盃のんで書いたとしても、労働者教育の現場で、「分かりやすく」と悪戦苦闘し
てきたものの疑問は、学者がいっぱいのんで口ばしったものよりも、きわめて尊いものを
ふくんでいるのである。

		
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* エピクロスへの感謝と悪夢
一九八七・七・二〇   A 


 M/E全集を読む会も、七月二日で第五回を迎えたいま、どうしても気になるひとつが
第三回の「デモクリトスの・・・」の悪夢である。
 そこで悪夢だけが残って感謝(得をした感じ)が消されるとなると後の勉強意欲にも響
いてはとおもい、今日的なテーマ性というよりも僕が気に入ったいくつかの発見を、メモ
風に列挙しておくととにした。
一、(なぜ、この論文をはじめに選らんだか)
 M・Eを「第五巻から毎月1巻づつ読もう」と提案したわたしが、第四〇巻にあるこの
論文からはじめようといいだした理由は三つあった。第三回に参加したSさん、Mさんに
は話たことだが(1)マルクスがイエーナ大学哲学部に提出した哲学博士の学位を授与された
この論文(一九四一年・二三才)が当時婚約中であったイエニー・フォン・ヴェストファ
ーレンの父「私の親愛な父のような友、トリーア市在住の枢密院顧問、ルードヴィヒ・フ
ォン・ヴェストファーレン氏に対して「著者は子のような愛情のしるしとして献げ」(全
集四〇巻・一八七ページ)たのであったこと、(2)マルクスがまだマルクスになっておらず、
青年ヘーゲル派に属しており「ヘーゲルの哲学から無神論的な、また革命的な結論を引き
出そうとつとめ」(レーニン「カールマルクス」全集二一巻三三ページ)た時期のもので
あること(3)にもかかわらず、「ヘーゲル哲学への批判があらわれており、個々の問題にお
いては部分的に青年ヘーゲル派の友人たちの見解を越えでたところがある」(四〇巻序文、
一九ページ)など、がそれであった。
  だが、「父からマルクスへの手紙」(一八三五年〜三七年までの五通、いづれもこの学
位論文執筆以前)が、息子マルクスを愛するイエーニーの愛に「王侯でも彼女をおまえか
ら離反させることはできないことは、おまえだって信ずることができるし、私だってそう
だ(私が軽々しく信ずるものではないことは、おまえも承知だ)。彼女は、心身を挙げて
おまえを愛している・・・」と無条件の信頼をよせてマルクスを励ましている息子への無
類の愛情や、イエーニーからマルクスヘの熱烈な無類のラブレター(二人は、一九四三年
に結婚しているので厳密には二通)を楽しむことができたので、一八〇ページに及ぶ「エ
ピクロス派、ストア派、及び懐疑派の哲学へのノート」7冊はテキストと共に、僕にとっ
てはいくつもの色彩りのある発見がつづくよみものとなった。
                                             (つづく)
2、(発見事項をメモする前にクイズをひとつ)
 世界第1級のラブレターをあなたはお読みですか。「私の愛する、やさしい、ただひと
りの、いとしいお方のあなた・・・」にはじまる一八四三年三月、クロイツナハ発のマル
クスあてイエーニーの手紙をー。もしまだの方はME全集第四〇巻五七二ページをお開き
くださいと言わずにはおられないようなすばらしい愛の詩。「あなたがお去りになるたび
ごとに、うっとりとし・・・・」「愛するいとしいあなた、あなたってほんとにすてきな、
かわいい、やさしい、楽しい方だったわ!」
 きれぎれの引用はもうやめにしないと、珠玉の輝きがうせようというもの。
 そこで問題です。この愛の確信と青春のよろこびにあふれる手紙の結びの一節です。「さ
ようなら、ただひとりの、黒い、いとしい、うちのひと、・・・・・。タラツタ、タラツ
タ、さようなら、すぐご返事、頂戴。タラツタ、タラツタ。」
 この「タラツタ、タラツタ」はなにを意味するのでしょう。「タラツタ、タラツタ、兎
のダンス」という童謡が日本にはありましたかな? 
  このタラツタというのはギリシャン語でして、イエニーの手紙の原文でもドイツ語では
書かれていなくて、大月版でも、日本訳は「タラツタ」というカタカナでしか書かれてい
ないのです。
  答えの締め切りは、八月四日の第六回勉強会。
三、(いくつかの発見事項)
(1)生と死について(第一ノート)
・「死はわれわれにとってなにものでもないと考えることに慣れるべきである。というの
は、善いものと悪いものはすべて感覚にぞくするが、死は感覚の欠如だからである。」(P
一八)
・死は・・・恐ろしいものとされているが、実はわれわれにとってなにものでのないので
ある。なぜかといえば、われわれが存在する限り、死は現に存せず、死が現に存する時に
は、われわれは存しないからである」(P一九)

			

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第六回勉強会へのメモ(8月4日)

1、テキスト  ME全集第2巻
2、報告分担                                                    
(1)「聖家族「第6章3・d「フランス唯物論に対する批判的戦闘」(S)
(2)             8   6    「婦人解放の秘密の暴露」     (M)
(3)           残り全体                                   (A)
(4)「イギリスにおける・・・」の「諸結果」と「労働運動」  (K)
3、参考
 レーニン「哲学ノート」の「聖家族」からの抜粋 また、レーニン全集 第三八巻序文を

 		
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武谷論理学についての雑感


(一) 先のニュースでSさんが「哲学的には法則だって物質です」という言い方で物質
の哲学的概念を物理学上の概念と区別する見方についての疑問を投げられた。私は、それ
が通説であるとするSさんの見方は、何かをきっかけにした思い込みだと思う。Sさんも、
それを意識して、「ワープロにもたれていねむりをしていた」という、彼一流の逃げを打
ったのであろう。彼に言いたい。「ワープロでであれ、文章を活字にするのであれば、よ
く調べてからにしろ」と。ワープロが、活字らしきものを大衆化したのは歴史の進歩であ
るが、歴史は弁証法的であって、進歩は後退をともなう。Sさんのように、よく吟味しな
いで、一盃のんだいきおいで活字を並べるのは、一種の退廃ではないか。

(二) ところで、本旨は、Sさんを批判することではない。Sさんへの、共感の表明で
ある。「私も、法則だって物質です」という文に、こだわって読んだことがある。それは、
武谷の次の文であった。
 この文脈が、Sさんの心配につながるかどうかは、我らの偉大な師Aさんにまかせよう。
私が書きたいのは、これに関わる、私の思い出である。
 武谷三段階論は有名である。かれは、天文学の発展段階に即して、科学的認識の三段階
を提唱する。(「弁証法の諸問題」)
   現象論的段階(ティコ的)
   実体論的段階(ケプラー的)
   本質論的段階(ニュートン的)  

 わたしは、かつて、(高校にはいるかどうかの時期)「浮力とは、水中の物体を、上から
押す水圧と下から押す水圧の差だ」と知った時、すごくうれしかった思い出がある。その
うれしさが、「(1)物は水中で軽くなる(2)それは、その物体が排除した水の重さと一致する
(3)それは、水中の物体を、上から押す水圧と下から押す水圧の差である。」という三段階
論の、本質論的段階に達した喜びであることにきづいたのは、ずっとのちのことである。

			

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灰色の理論と緑の樹

                        (一)

最近の労働学校で、次のような質問にであった。「個別と一般」、「具体と抽象」、「現象
と本質」の弁証法についての講義にかかわった質問である。
  「子どもたちを個別的、具体的につかまなくてはならない教師にとって、真理・本質な
どということは、かえっていけないのだろうか」というような質問だった。質問者は、高
校の先生だったと思う。この質問は、「真理とは何か」あるいは「生きた認識とは何か」
ということについての本質的な問いかけを含んでいると思った。

                      (二)
  そこで、「真理というものは抽象的なものではなくて、具体的な生き生きした現実と結
びついてこそ真理なのだ」ということを、少し背伸びしてゲーテの「ファウスト」を引用
して述べてみた。
  「ファウスト」のはじめのほうで、悪魔メフィストフェレスが、ファウストの書斎には
いてきた学生にファウストに代わって対応し、からかう場面がある。本筋からすこしそれ
る場面だが、名文句がちりばめられている。悪魔が学生をからかうのだから、言っている
ことは、ゲーテが言いたいことの逆を言っているのだが、それが現実の学問への鋭い風刺
になっている。
  「概念のない、ちょうどそのところへ、言葉がうまくやってきてはまりこむのだ。言葉
だけで、立派に論争が成り立つ。言葉だけで、学問の体系がたてられる」などというのも
その一つだ。
  この質問にかかわって紹介したのは、次の名文句である。
「メフィスト……いいかい、きみ。すべての理論は灰色で、緑に茂るのは生命の黄金の樹
だ。」
 おわかりだろうか、このことばは、労働学校での質問そのものへの回答を、裏返して言
っていることが…………。
                        (三)
  ついでにヘーゲル「大論理学」とその学習ノートであるレーニンの「哲学ノート」を紹
介しておこう。
  「したがって、もっとも豊かなものは、もっとも具体的で、もっとも主体的なものであ
り、もっとも単純な深さのうちに自己をとりもどすものは、もっとも力づよく、もっとも
包括的なものである」(ヘーゲル「大論理学」)
  レーニンは、この抜き書きの欄外に書いた。「これに注意せよ! もっとも豊かなもの
は、もっとも具体的でもっとも主体的なものである。」
  あの抽象的で難解な「大論理学」のなかで、ヘーゲルが「もっとも豊かなものはもっと
も具体的なものだ」といい、それを読んだレーニンが、共感して強調している。子どもた
ちの生きた現実の認識こそ、もっとも豊かなものであり、抽象的理論(たとえば弁証法)
もそのための武器でなくてはならない。子どもたちのさまざまな否定的あるいは肯定的な
現象は、子どもについての本質的理解とむすびついてこそ、生き生きしたものになる。
                        (四)
  ぼくは、この「哲学ノート」をポケットに入れて持ち歩いていたころ、和教組の書記長
をしていた。「私と職場の要求運動」がすすみはじめたころだった。和教組執行委員会で
西牟婁の書記長が報告した。「僻地の小さい学校で、お母さんから『小学校一年生の子ど
もに、土曜日もパンとミルクだけでいいから食べさせて帰らせてほしい』という要求があ
って、校長と話し合って実現しました」この子どもは、山の上の方の家から、朝早く家を
出て学校に通ってくるのだ。土曜日、小さい足で山の上の家にたどり着く頃には、おなか
がすいてふらふらになっている。
  僕は、この報告をいつもこう紹介している。「パンとミルクのはなしが執行委員会で報
告されたとき、すごくうれしかったのです。これこそ、『固有名詞の要求』です。和教組
の大会議案には、たいていのことが入っていて、どんな要求が大会で出されても、『その
問題は○○ページに書いています』と答弁できるようになっているが、『パンとミルク』
などという要求は出てきません。机に座っていては考えつかない具体的な要求です。また、
その要求が、支部を通じて本部執行委員会にまで報告されたことがうれしかったのです。
和教組本部が、こうした具体的な要求実現の運動に深く関心を持っていると組合員が思っ
てくれたから、報告がとどいたのだと思うのです。」
  そして、和教組から夜遅く帰ってくるみちすがら、琴の浦のバス停から自宅まで歩きな
がら「豊かな要求、具体的な要求、主体的な要求」とヘーゲル・レーニンを言い換えて口
ずさんだ思い出がある。
                        (五)
  ところで、がらにもなくゲーテなど引用したぼくは、引用した責任(?)上「ファウス
ト」を読み返すことになった。中央公論社の「世界の文学」(四)には、線を引いている
から、読んだことがあるのだろうが、「おもしろかった」という記憶はない。名作だから
一応ということで目を通したのかもしれない。
  ところが、こんど読み返してみると、おもしろくなってきた。はじめは筋がわからない。
解説を読んでからもう一度読み返してみると、だんだんおもしろくなってくる。ほぼ二回
読んでみると、筋などはどうでもいいから、開いたところを適当に読むだけでおもしろい
と思うようになってくる。翻訳者の手塚富雄さんもそう言っておられる。さらに「世界の
文学(新集)」(五)の「第二部」まで読み通してしまった。
  僕にとって、昔から寝床の中で適当に開いて、どこから読んでもおもしろいと思う文学
作品は、夏目漱石の「我が輩は猫である」だけだったのだが、なにか「ファウスト」とい
うのは「猫」ににていると思う。

  * 漱石もそんな小説の楽しみ方について「草枕」の中で紹介している。
   いつか「学習新聞」で紹介したかもしれないし、未発表のまま僕のフロ
   ッピーに眠っているかもしれない。
背伸びしたおかげで、名作とお友だちになって得をした気分になった。
        一九九七年四月二八日 午前二時半 県学習協副会長 雑賀光夫 久しぶりの夜中の雑記 1998、6、30多少手入れ

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草稿完全復刻版 「ドイツ・イデオロギー」(渋谷訳)に思う


                     (一)
 「この訳本は、当然出版されるべき訳本だ」と思い、値段はどうであっても買うことに
決めていた。資本論の豪華版を買いしぶっている私がである。
  私は、「前衛」に「ドイツ・イデオロギー」の新訳が掲載されたとき、「新訳」と「全
集版訳」の比較検討のようなものを「学習新聞」に書き、ついでに「広松渉訳」というも
のを東京の神田ではないはなれた古本屋まで足を運んで、二度目に大枚をはたいて買い求
めた経過も述べながら「服部先生がんばれ、広松先生がんばれ」とちゃかすようなことを
書いた。
  なぜかというと、いかに訳文に工夫しても、普通の翻訳の形式では復元できないのが「ド
イツ・イデオロギー」なのだから。服部先生の解説で広松渉氏が、草稿が保存されている
研究所に足を運んでいないという驚くべき事実を聞かせてもらったけれど、服部訳は広松
訳を乗り越えることにならないというのが私の感想であった。

* 事情を知らない読者のために書いておくと、「ドイツイデオロギー」というのはマ
ルクス・エンゲルスが自分たちの思想形成のために書いた習作で、生前には出版されな
かったものである。
  紙の左右をわけて、左側に本文を書き、右側に注釈をかいているが、注釈が長くなって
本来、本文になるべきものにふくれ上がったこともあるのだろう。それを編集して普通の
論文のようにしていたのが従来の「全集版」である。「広松版」というのは、左右贅沢に
空きページをつかって、紙に書いたまま復元をこころみたものであった。箱入り、訳本と
原書版ふくめて 定価6800円(1991年版《1974年初版》)だが、古書店では
一万円を超した。
 私の蔵書の中では「上田耕一郎・戦後革命論争史」などとともに宝物の 一つになっ
ている。
  服部先生が、いくら正確な訳文に腐心されても、普通の本の形式では、広松訳を乗り越
えられないというのが、私が「学習新聞」に変な文章をかいたときの気持ちであった。

                               (二)

  このたび渋谷正さんの訳文を手にすることができた。願わくば、値段は一万円でもいい
から、ドイツ語版との三冊構成にしてほしかった。(渋谷訳は「日本語訳」と「注記・改
題」の二冊。この「注記・改題」だけで訳本と同じぐらいの厚さの力作ですごいのだ。)
けれども、これにドイツ語の原本をつけて値段が二倍になっても、この本を買いたいと思
う人で買い控えする人はいないと思うのである。学生時代、アー、ベー、ツェ、、デーを
ツェットまで覚えれなかった人間がいうのだから間違いない。
  できれば、ひきつづきの翻訳(出版されたのははじめの一部分、比較対照していないが
本の厚さからいうと「広松訳」でだされている部分より少ないのではないか)の出版が続
くことを期待する。
                                  一九九八、六、二九
                 和歌山県学習協副会長    雑賀光夫

		
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「唯物論と経験批判論」によせて


  学生時代に何回も挑戦したが、「序論のかわりに」で何回も挫折した難解な本である。
何とか読了したのは、教師になった年の夏だったと記憶している。長時間の一人出張の時
など、ポケットに入れて、適当にページを開いて読むという付き合いをしたのは、この本
と、同じくレーニンの「何をなすべきか」であった。

  いまもわからないところが多いこの本は、私の「こだわり癖」との関係で思い出が深い。
私は、この本についての思い出を書いてみようと思って、古い学習ノートを引っ張り出し
た。「政治・経済・哲学(その4)」(一九六八、四〜一九六九、三)と題したノートであ
る。パラパラめくると出てきた。
 「唯我論者がその見解を徹底的につらぬくなら、どんな証明、三段論法をもってしても
唯我論者を論破することはできない。」(「唯物論と経験批判論」レーニン、全集(株)P32
2)
  その引用文の下に赤いインクで書き込んでいる。「高校三年生からもちつづけてきた疑
問、ここに解かれる。一九六八年秋」
  高校三年のときの疑問とは何か。私は、高校部落研から社会に目を向けたので、井上清
(「日本近代史」などの好著でも有名な歴史家。「部落の歴史」もよく読まれた。晩年、
毛沢東盲従の立場に陥ったのは惜しい。)の信奉者であった。そこから社会主義をなまか
じりするわけだが、それと反対の立場のものを読んでみようと手にしたのが「善の研究」
(西田幾多郎)である。序文に「第二章から読んでもいい」と書いていたので、そこから
読んだ。(読んだのは数ページだけ)そこでぶつかったのが「実在とは唯我々の意識現象
即ち直接経験の事実あるのみである。」という唯我論の主張であった。私は、マルクス主
義願望の少年だったので、この論理をなんとか反駁しようとしてみた。しかし、どうにも
ならなかった。
  大学にはいり、部落問題研究会にはいった。部落子ども会の指導をしながら部落問題を
学習するサークルだが、その前に新入生入門学習会をしてくれる。「部落問題について」
(テキスト「部落問題の研究」井上清)、「ものの見方について」(テキスト、中国人が書
いた三一新書の同名の本)の二講座であった。後者の学習会のチューターをしてくれたの
は、いま科学的社会主義の哲学界で活躍している吉田俊傑氏である。一回生のわたしは、
西田哲学をどう反駁したらいいのかという質問をしたが、満足な答えが得られなかったと
いう思い出がある。赤い書き込みには、五年間、疑問を疑問としてあたためつづけて、や
っと「答え」に出会ったという喜びが込められている。そうだ、僕が反駁できなかったの
はあたりまえだ。レーニンだって反駁できないのだ。このことをマルクスは「人間の思惟
によって対象的真理が得られるかどうかという問題は、なんら理論の問題ではなく、一つ
の実践的な問題である。」(フォエルバッハにかんするテーゼ・二)と述べたのであろう
し、エンゲルスは「プディングの証明は、食べることにある」というようなことをどっか
で言っていたと思う。

  困ったことに、私の「こだわり癖」は、ここで終わりにならない。私が高校時代から愛
読した著者に三浦つとむという哲学者がいる。「弁証法はどういう科学か」「日本語はど
ういう言語か」などの初期の代表作をはじめ、「レーニンから疑え」などという挑戦的な
表題の本も僕の本箱には並んでいる。三浦つとむなど歴史的に消え去った修正主義者なの
だろうか。私は、日本の科学的社会主義の哲学は、三浦つとむの批判に対決していないの
ではないかという疑問をもっている。「三浦つとむも落ちるところまで落ちて『レーニン
から疑え』とまで言い出しました」などと座談会で言ってみても、批判にはならないだろ
う。
 私は、三浦つとむの晩年の著作も読んでいるので、「三浦つとむもソ連と社会新報にリ
ップサービスをする売文屋になったか」とがっかりしたこともある。しかし、初期の三浦
つとむの哲学は、物理学者の武谷三男から評価されているし、晩年の三浦つとむを大事に
したのは、理科教育の仮説実験授業で有名な板倉聖宣であった。スターリン崇拝にも毛沢
東崇拝にも落ちいらなかったこの哲学者の問題提起の中心点を検討したからと言って、労
力の無駄にもなるまい。   
  ところで、三浦つとむの「レーニンから疑え」の中心は、この「唯物論と経験批判論」
の「絶対的真理と相対的真理」の問題なのである。

  「唯物論と経験批判論」の「第一版の序文」の終わりに、次のような文句が見える。
 「『おそらくわれわれは間違っているかもしれない。しかし、われわれは探求している。』
……この文句の前半は絶対的真理を含んでいるが後半の含んでいるのは相対的真理である
……。」
  こういうことを言われると、私には絶対的真理、相対的真理の関係がわからなくなる。
人間の認識は、絶対的真理の一部を含んでいるが故に相対的真理だというのではないのか。
相対的真理は、相対的誤謬と言いかえることもでき、エンゲルスはそれ故に「真理への接
近は、相対的誤謬の系列を通じて達成される」(反デューリング論)というようなことを
言ったのではないのか。私は、この問題では、三浦つとむとともに、レーニンの真理論に
疑問を持つものである。鯵坂先生の講義で「私の持ち続けてきた疑問、ここに解かれる。」
と朱記できることを期待する。
 一九九三、七、二十  午前二時

追記  
 「日本の科学的社会主義の哲学は、三浦つとむの批判に対決していないのではないかと
いう疑問をもっている。」と書いた関係上、私が知っている唯一の三浦つとむへの正面か
らの批判を読みなおしてみた。「唯物論と科学的精神……唯物論と経験批判論の世界」(岩
佐茂・白石書店刊)である。
  大変立派な解説書であり、三浦つとむへの批判も、紙数の制約はあるが丁寧な正面から
の批判になっている。大変参考になる。ところで、岩佐さんが三浦つとむを批判するにあ
たって、レーニンの絶対的真理と相対的真理についての叙述が不十分であり誤解をうむと
いうふうに述べている。実は、(岩佐氏によれば)私が理解していた内容が、レーニンの
不正確な定式化によっていたということなのである。でも、だれも私に、「唯物論と経験
批判論には、不正確さがあるから注意して読め。」などとアドバイスしてくれなかったで
はないか!
 わたしは「日本の科学的社会主義の哲学は、三浦つとむの批判に対決していないのでは
ないか」と書いたことには、相対的真理が、しかも重要な相対的真理が含まれているとい
うことに改めて確信をもって、鯵坂先生の講座にできるだけ出席しながら、「唯物論と経
験批判論」「反デューリング論」と三浦、岩佐氏の著作をつきあわせてみたいと思ってい
る。
 一九九三、七、二五  午後十一時
                         雑 賀 光 夫

*  「もともとマルクス主義を放棄していた三浦つとむがスターリ ン・毛沢東崇拝になら
なかったのは当り前だ。」と言いたそうな 論客の顔が浮かぶ。スターリン・毛沢東が絶
対的権威を持ってい たとき、それに疑問を差しはさんだ論者がどれだけいたのか。
   わが身(本人が若すぎてその立場にいなかったら、その身内) のふがいなさを反省し
てから議論しようではないか。

		
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  物質の哲学的概念についての雑感


               (一)
  「ふつう物質といえば、重さがあり、手触りもあるものを考えるものだが、物質の哲学
的概念というのはそれとは違うのです。『物質とは、人間にその感覚においてあたえられ
ており、我々の感覚から独立して存在しながら、われわれの感覚によって模写され、撮影
され、反映される客観的実在を言い表すための哲学的範疇である』とレーニンはいってい
る。これを、物質の哲学的概念ともいう」と講師先生は、鼻をヒクヒクさせて、ちょと得
意そうに解説する。こんな場面がよくあった。この講師先生というのは、私のことでもあ
る。
  ところで、こんな解説をしながら、「物質の哲学的概念というからには、自然科学的概
念、個別科学での概念と区別するわけだが、その学問分野によって概念規定が異なるとい
うようなことが許されるのだろうか」という疑問を私は持ち続けてきた。「物質の哲学的
概念などという名称がおかしいので、『物質の概念(哲学的であろうが何であろうが変わ
りはない)と物質の構造を研究する個別科学の任務の違い』として説明する方がいいので
はないか」とも考えてきた。
  こんど鯵坂先生の古典講座をききながら、少しばかりこのことについて考えた。
               (二)
  ところで、「唯物論と経験批判論」におけるレーニンの物質概念について、日本の唯物
論の陣営にもいくつかの受けとめ方がある。私が接したいくつかの論争・あるいか少し引
っかかった受け止め方を紹介しておこう。
(1)「レーニンが考えた物質概念は、この最後の人間の意識との関係において『人間の意
識から独立に存在し、この意識によって反映される、客観的存在』ということだけを意味
する認識論的規定であって、唯物論における物質概念がこれだけにつきるものではない。」
(現代科学と物質概念・町田茂)
(2)「まず指摘しうるのは次のことである。すなわち、客観的実在性というとき、たとえば
レーニン自身も『物質(そして素粒子)、時間、空間、自然法則性、等々の客観的実在性』
といっているように、物質だけが客観的実在性をもつわけではなく、また、エネルギーや
質量なども、感覚をとおして意識に反映されるとしても、それを物質とみることはできな
いのである。」(私の読書カードにコピーを張り付けているが、「P四二一」とだけあり出
所不明)
(3)「唯物論と経験批判論」に否定的な論客の一人は、中野徹三氏である。彼は、レーニン
が「思考も物質も『現実的である』すなわち存在する」としながら「しかし、思考を物質
的とよぶことは唯物論と観念論との混同に向かって誤った一歩をふみだすことを意味す
る」としていることをもって「アンチノミー(二律背反)」であると批判する。(中野批
判は「唯物論の再構成のめざすもの」鈴木茂・「科学と思想」六五参照)
(4)「唯物論では、物質は意識の外にあるすべてのものをいうきわめて一般的なカテゴリー
であって、法則だって物質です。」(武谷三男「現代の理論的諸問題」岩波書店一九六八
年)
                (三)
  さて、私の考えたことにはいろう。
1、「物質」という概念を規定するとき、哲学と個別科学の間にズレがあってはならない
というのが、私の考えの大前提である。哲学は個別科学とはちがって、物質の構造を研究
することは、その任務としていない。したがって、物質というものの認識論上の大枠を決
めることにとどまる。しかし、町田茂がいうようなこれとちがったさまざまな物質概念が
ありうるという主張には同意しかねる。それは、個別科学の探求する物質の構造の問題に
なるのではないだろうか。
2、「時間」「空間」「運動」「法則」について
    標記のようなものが、「堅さも重さもないけれども、意識から独立して客観的に存在
する」ものとしてあげられる。「時間」「空間」「運動」について共通しているのは、「物
質の存在形態」であるということであろう。この存在形態は、物質と切り放しては存在で
きない。物質にはこのような存在形態とともに、さまざまな属性を持っている。「石の硬
さ」は属性である。さらに高度な ものとしては、「脳髄の属性(働き)である意識」を
あげることができる。「物質世界のもつ法則性」も物質の属性であろう。
   つまり、レーニンがいう「意識から独立して存在するもの」とは、さまざまな存在形
態の中にある、またさまざまな属性をもった物質なのであって、その存在形態や属性を切
り放して「物質」と呼ぶことは混乱を招くのではないか。
 「他人の意識」についての中野徹三氏の混乱のもちこみも、これで整理できるのではな
いか。
*  私がここでいう「運動」とは、古典物理学でいう「運動」である。それとの関係でよ
くわからないのが「エネルギー」である。「エネルギー」は、物質の 転化した形態であ
るから物質であることに間違いない。この関係によっては、私の意見にも修正を加えなく
てはならないかもしれないと思っている。尊敬する友人・岸裏君の教えをお待ちする。(岸
裏君は、私の自然科学上の説明の不十分さを笑うので、先に敬意を表して教えを乞うこと
にする。)

                                       雑賀光夫(県学習協副会長)
		
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