演劇の音響効果

 
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(2006.10.29update)


     
  私が音響効果を約10 年間担当し ていた劇団「いこら」は、主宰の栗原省が1965年に設立した劇団で、2003年12月に解散するまで、長らく地域で活動を続けていたアマチュア劇団である。私がこの劇団に関わったのは最近の約10年であり、この劇団の音 響を担当するまでの私は演劇や劇団については全く無縁であったので、演劇の音響効果については多くのことを知っているわけではない。今現在も私は勉強中で ある、というのが本当のところだ。だから、ここでは、せいぜいここ数年間の間に私が 音響効果を担当する中で経験したことや、現在進行中のことをもとに知ったことや感じたことを書くことになる。数多い先輩の方から見ると、まちがいや未熟な 点が数多くあると思うが、一アマチュアの努力と奮闘の経過だと思って見ていてほしい。そしてできれば助言や励ましの言葉を頂ければありがたいと思う。ま た、この分 野に全く関わりのない方は、世の中にはこんな事をやっている者もいるのだと知ってほしい、そして何か言葉をいただけるとなお有り難いと思う。  
     

  音楽

   効果音


音楽


1 音楽と効果音

 広い意味での効果音には音楽 も含んでいると思うが、私はここでは音楽と効果音を分けて考えている。演劇の中での音楽は、音楽そのものを鑑賞するためのものではない。しかし単にストー リーに沿ってその場の雰囲気を作るためだけのものでもない。舞台での役者の演技や、背景や道具、照明と絡み合いながら、一緒になって芝居そのものを作り上 げていく役割を果たさなければならない。もっともオペラやミュージカル、歌舞伎などとなると、音楽の位置づけが違ってくるので、ここでは劇団いこらなどが やっている普通の演劇の場合の話であるが。

2 オリジナルかありものか

よい音 楽は、演劇における表現を助け、演出家、役者からすばらしい表現を引き出す。また、演じる者にも、鑑賞する者にも演劇の楽しさや、感動さえも与えてくれ る。

それだ から演出家は音楽にも大変気を使う。最近県内のある劇団が、公演前に作曲家に作り直しを頼み、第1回公演の後でさらに作り直しを頼んだのを知っているが、 それほど音楽が重要だと言うことの証明なのだと思う。

音楽は 演劇を作る上で役者や道具、証明、衣装、メイクなどとともに重要な役割を果たしている。それだから、私のような「音屋」にとっても演劇作りに参加し、創造 の喜びを感じることが出来るのだと思う。

劇で使 う音楽は、演出上どうしてもそれでなければならないもの以外は、オリジナルで作曲されたものを使うのがいちばんよい。演出家にとっても役者にとっても、良 い作曲家、演奏家と出会い、劇をよく理解された上でその劇だけのために作曲され、その劇だけのために演奏されたよい音楽を得られるならば最高だ。

しか し、地方のアマチュア劇団にとって、それはかなり難しいことである。というのは、劇団は結構数多くの劇をやるからだ。何年も同じ劇をずーっとやり続けるの なら、そう頻繁に作曲を依頼する必要はないが、年間に数本というのは珍しくないから、なかなか難しい。

作曲家 や演奏家は依頼された劇の台本を読み、演出家と十分に打ち合わせをし、場合においてはその劇の稽古も見て、劇そのものを十分理解した上で作曲や演奏をする のだが、その上でさらに自らのオリジナリティーを表現しなければならない。そして音楽的に優れたものを創造しようとする。すぐれたオペラ、映画音楽や ミュージカルの楽曲が、劇と離れて音楽として鑑賞されることを考えればよくわかると思う。そこが、単なる「音」でない「音楽」の特徴だ。

選曲は難しい

オリジ ナルが難しいとなれば、既にある楽曲の中からどれを使うかを考え、スタイルや演奏も特定していく。

この場 合、何を使うかを誰が決めるのかだが、作家がすでに決めている場合もある。この場合は、その音楽のCDやレコードを手に入れなければならない。それはそれ で大変なのだ。現代劇であって、台本が書かれた時に、その時代に流行っていた歌が指定されていた場合を考えてみる。

編曲や 歌い手の声など、その時代のそのままのものを使いたいと思っても、今CDで手にはいるとは限らない。昔ながらのレコード盤が手に入ればいいのだが、そう簡 単には手に入らない。放送局やレコード会社などに問い合わせて、貸してもらえるならなんとかなるのだが、それができなければ代わりのものを使わざるを得な い。

その場 合、かわりに何を使うかはその台本で音楽がどのような役割をしているのかによって違ってくる。時代状況や場面を雰囲気として表しているものだとすれば、代 わりの曲として時代などを考えて使う。場面の内容に関わるものなら代わりを選ぶのは難しいので、編曲や録音が現代のものであってもやむを得ないとする。

次は、 演出家が決める場合だ。演出家は文学、音楽、美術などあらゆる事に対して造詣が深い人が多い。従って、ほとんどの場合使う音楽は演出家が決める。我が劇団 の主宰栗原省は劇作家でもあるが、クラシック、ジャズ、ロック、民族音楽から賛美歌、軍歌、声明、長唄、小唄、浄瑠璃、浪曲など実に広いジャンルから劇の 音楽を探し出してくるのには、私も驚き、感心させられる。

私の 知っている範囲では、多くの作者、演出家は本を書いているときから音楽を想定しているようだ。具体的に何という曲という場合もあれば、具体的ではないが頭 の中でその人が思い描く音楽と言う場合もあるが、その音楽を思いながら本を書いたという話を聞いたこともある。

そんな 場合、私の役割といえば、劇の中で使うのに適した形にするための加工だ。ほとんどの場合音源はCDであるが、曲の中で演出者の使いたい部分の切り出しや、 劇のシーンの長さに合わせた切り張り、音質補正などをする。

(つづ く)

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効果音


1 現実音と雰囲気音

効果音にも二種類ある、現実音と雰囲気音 だ。現実音というのは、ピストルを撃ったときのパーンという音や水に飛び込んだときのバシャーンという音などで雰囲気音というのは、幽霊が出てくるときの ヒュードロドロ(古典的だな)などだ。ピストルの音や水の音は実際に存在する音なのだが、雰囲気音は現実にはそのような音が存在する訳ではないが、劇の中 でその場面の雰囲気をつくる音だ。
 

2 つくりかた

(1) 現実音

# にわとりが驚いて出す叫び声

現実音の方は実際にある音だから、 録音すれば良いではないかと言われるかも知れないが、これは本当はたいへん難しい。
たとえば、劇の中で鶏小屋に少年が卵を取りに入って行ったために鶏が騒ぎ出した、という場面があったとしよう(実際に劇団いこらがやった「赤毛」でそのよ うな場面があった)。私は、とりあえず数多く出されている効果音CDの中で鶏の鳴き声を探し、見つけだした。しかし聞いてみると平和的にコッコッコと鳴い ているだけのものやコケコッコーというのはあっても、人が入ってきたために驚いて騒ぎ出した場面にそのまま使えるものはない。

幸いなことに、そのころの我が家に は鶏を数羽飼っていた。そこで鶏たちには悪いが驚いて貰い、それを録音することにした。私の娘に鶏小屋に入って貰い、鶏たちを脅かしてその驚いて騒ぐ音を 録音する、という作戦を立てて、実行したのだが鶏たちは私の娘とは友達になってしまっているため騒がない。それもそうだ、私の娘達は小さい頃から鶏たちと 庭で遊んでいたのだ、驚く訳がない。

しかたなく、娘達と相談して、鶏た ちが見慣れていないぬいぐるみ人形を持って娘に鶏小屋に入ってもらい脅かしてもらったら大成功だった。それを録音して、CDからの音とミックスして場面に 使えそうな音を作った。劇で使った結果、多くの人からどのようにしてあの音を作ったのかを聞かれて、本当のことを話したが、みな大笑いだった。劇の内容は 深刻なのに。

# ドアをバタンッと閉める音

同じく「赤毛」で、少年の母親が半 ばヒステリー状態で、ドアを「バタンッ」と閉める音が必要になった。これは何故かというと、現実に舞台には家も開閉するドアもセットされているのだが、ご 存じの方は知っておられると思うが劇の大道具というのは、何より組み立て分解が簡単で軽く薄くなくてはならない。だから、当然ドアもベニヤ板のペラペラで 力いっぱい閉めたからと言っ「バタンッ」という音など出ない。しかし、その音は演出上、心理状態を描くためにどうしても必要だ、そこで効果音で音を出すこ とになったのだ。

私は、始めは簡単なことだと思って いた、団員の吉井君に頼んで稽古場の近くの個人のお宅を紹介してもらい、玄関のドアを閉める音を録音させてもらうことにした。ところが、お世話になったお 宅の高級なドアは思いっきり強く閉めても「バタンッ」などという音は出ない。何度もやらしてもらったが、完全に満足な音を録れたとは言えなかった。

そうして、稽古場へ帰って来ると団 員の亜弥ちゃんが外で何かやっている。近寄ってみると、舞台用の箱馬をベニヤ板の上に落としたり倒したり一生懸命やっている。どうしたのか聞いてみるとド アの「バタンッ」らしい音がそれで出るという。本当だ、早速私はその音を数種類録音した。後でいろいろと録音したものを聞き較べたが、一番イメージに近い のはその箱馬をベニヤ板に落として作った音だった。さすがに、演劇のために生きているような亜弥ちゃんだと感心した。彼女にはその後も私の音づくりを随分 手伝ってもらっている。

# 太古の昔電車が走った?

「海彦山彦」を演ったとき虫の声が 必要になった。舞台では海彦と山彦ふたりだけの会話が続き、けんかがあり、はては寝入ってしまう。聞こえてくるのは静かな虫の音だけ、静かな静かな夜なの である。

私は効果音CDの虫の音を使って必 要な長さに調整したり、フクロウの声などをミックスして舞台使える音に仕上げていく。
その作業をしているうちに、私は静かな虫の音の途中にかすかな機械音が入っているのに気が付いた。よほど気を付けて聞いていないとわからないようなかすか な音であるのだが、あの秋の静かな静かな虫の音に電車かまたは自動車が遠くを走っているような音が入っているのだ。私の制作作業で音のモニターはほとんど ヘッドフォンで行う。その方が細かい点がよく分かるのだ。普通にスピーカーでモニターしているとたぶん気が付かなかったのではないかと思う。

いくらかすかにでも、静寂が主人公 と言ってもいいような舞台だからそこの部分をカットして仕上げたが、自分で録音してみたらわかるが、目的の音だけをノイズなしに録音するのはめちゃくちゃ 難しい。虫の声などの自然音は本当に難しい、他になにも音が無くその音だけが聞こえる場所なんて私たちのまわりにはほとんど無いのだから。プロはそのよう な所を探してあらゆる所を駆け回るのです。そして危険な目にも遭う。崖から落ちて亡くなった録音技師の話がある効果音CDの解説書に書いてありました。
 

3 音の出し方

#飛び込む前にバシャーン!

効果音の出し方で一番難しいのは、 やはりタイミングだ。次が音の大きさ。最悪なのは違う音を出してしまうこと。

ここでは、私の失敗談を書きます。 「彦市ばなし」を演ったときのこと、最後のシーンが天狗の子供と彦一がてんやわんやの大騒ぎで川の中で追いかけっこをするというもの。私はこのシーンのた めにマルチトラックレコーダーの8つのトラックそれぞれに水に飛び込む音や、クロール、平泳ぎ、水掛け遊び、水中でのゴボゴボ音などを延々と入れておきま した。現場では舞台上の芝居を見ながら、その動作に合わせた音の入っているトラックのフェーダーを上げて、同時に他のトラックのフェーダーを下げるとい う、アクロバットのようなことをしていたのですが、8つもトラックがあるものですから、舞台ばかりを見ていられない。

チラっと舞台を見てレコーダーの フェーダーをあやつる、またチラっと舞台を見てフェーダーの上げ下げ、というぐあいです。稽古で芝居の進み方はわかっているつもりですが、何しろ芝居は生 ものです。また、あわてすぎると見誤りもしてしまいます。そして、とうとう私は彦一が川に飛び込むよりも一瞬早く「バシャーン」とやってしまいました。色 々な水音が完全にとぎれた時ではなかったので、なんとか芝居をぶちこわしてしまうまでには至らなかったのですが、大失敗でありました。

みんなが一生懸命稽古をかさねて来 て、それをお客様の前で披露する時に、私がそれをぶっこわしてしまうようなことをしては、申し訳ないのです。すみませんでした。

(つづく)

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