エディターのページ・編集日記 5月2日付 の話の続きです。
クラシックで半音上がる転調はあまり聞き覚えがありませんが、
たった一つだけ思い出せるのは、チャイコフスキーの1812年序曲。
と聞いても、いまいちピンとこないかもしれません。ポピュラー音楽の半音上がる転調のようなかんじではありませんので。
私も気付くまでわかりませんでした。(←当たり前ですね。)
はじめのほうのバトルのようなシーンが終わって、わりとレガートなかんじになる部分(165小節目から)、管楽器はみんな二分音符のところです。←これを押すと資料館の楽譜にとびます。
キーはフィスドゥア(嬰ヘ長調)。なんでこんな宇宙の彼方の調子になってしまったのか?チャイコフスキーは狙っていたのか?
(きっと前の部分からの成り行きで、そこに行き着いてしまったのでしょう)
演奏は、そんな超時空を感じさせないきれいな旋律で、さすがメロディーメーカー・チャイコフスキーといったところでしょうか。
そしてクレッシェンドで最強、最高音に達したところで、なんと半音上がって、ゲードゥア(ト長調)の新しい旋律が始まるのですよ!
主音が導音になる瞬間なんて、なかなかないですよ。
それまでの伴奏はけっこう単純で、われらがファゴットの場合、移動ドでいうと、
ファーストファゴットが、ソーばっかり、セカンドファゴットが、ドーシードーシーをひたすら繰り返すという、
これ以上簡単な伴奏はないだろうというところ。
(うらばなし:このセカンドは実音で「f#−e#」という、管の長さが「長−短(その差2倍)」を繰り返すけっこうヤバい箇所)
それがなんと、突然別の調子のドミナントが現れて、違う世界(ト長調)に移っていくのですから、なんてドミナントというのは強力なのか、すべてをかっさらっていくドミナント!
主旋律はそれまでの最高音をアウフタクトにして、さらに半音上がって次の旋律へと進んでいくという、すべてをチャラにしてしまうアウフタクトの威力!
音楽の底力を見ましたね。
ところがそんなことを一切考えないで聴いていると、そんなにそんなに違和感がないのですよ。
こんなことをさらりとやってのけるチャイコフスキーはすごい!
あ、そういえば、プロ野球の応援ラッパが、軍隊ラッパみたいな旋律を半音上げて繰り返し吹くのを聴いたことがあるな・・・